読む映画
「感想」に毛の生えた程度のレビューをシコシコ書いています  ネタバレだらけなので、未見の方はご注意ください~
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
KAMIKAZE TAXI
1994年 日本映画
テレビ録画にて鑑賞
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 「金融腐食列島」(99年)や「突入せよ!「あさま山荘」事件」(02年)を撮った原田眞人の作品。この2作は観たことがないが、97年の作品「バウンスKo-Gals」を観て原田監督の独特なセンスの持ち主だと思って注目していた。

 観たことがないのに言うのも何だが、上記2作のようなバリバリの社会派作品よりも、「バウンス~」やこの作品のような、社会的なテーマを織り交ぜながら軽妙なタッチで描いている作品のほうが、原田監督らしいセンスが表に出るのではないだろうか。

 この作品は、単純に言えば「恋人や親友を殺した組長らに敵討ちをしようとするチンピラが、日系ペルー人のタクシードライバーと出会い、追手をかわしながら敵討ちを遂げる」というプロット。
 単純明快なプロットなのだが、これに外国人労働者問題、自己啓発セミナーの問題なんてのが絡み合う。
 個人的に、社会的なテーマが絡んでいる話は好きなのだが、自己啓発セミナーのくだりは要らなかったんじゃないかと思う。物語中盤の、自己啓発セミナーの部分はちょっとダレていた。
 終盤、役所広司がヒットマンと化し、俄然緊迫してから以降は、とっても面白かっただけに、残念。

 この役所広司のキャラクターがとってもユニークでおもしろい。地道に生真面目に生きる日系の出稼ぎ労働者なのだが、やたら肝が据わっている。そのわけは、母国ペルーでゲリラのセンデロ・ルミノソに家族を殺されて、その敵を討つために武力闘争をした時代があったため。
 だから、ヒットマンとしてヤクザや政治家のSPとサシで渡り合うというのも、納得できるようになっている。

 役者がまた魅力的。役所広司はもちろん、高橋和也、ミッキー・カーティスがとってもいい味出してる。
 そして、橋口亮輔の「ハッシュ!」で好演しブルーリボン賞の主演女優賞をとるなど、大女優として認識されるようになった片岡礼子がいい。
 それほど美人ではないし、すごく抑えた演技なのに、とても存在感があって、魅力的。
座頭市 1989年版
1989年 日本映画
テレビ録画にて鑑賞
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 本家・勝新座頭市のシリーズ26作目。勝新座頭市の最後の一作となる。ちなみに監督も勝新が務めている。
 私は本家の座頭市を観る前に北野座頭市を観てしまった。そして今度は本家の最後の作品。何だか順序が逆だ。

 北野座頭市も北野らしいセンスで描かれていてなかなかいい、と思っていたのだが、本家・勝新のスゴさを目の当たりにしてしまうと、やはりモノが違うと思った。

 俳優・勝新を初めて観た私が勝新を語ることは恐れ多くてできないが、とにかくその存在感と独特な個性はスゴい。あれだけ自由奔放な生き方をしながらも皆から愛されていたのもわかる。勝新座頭市を観ると、勝新に敬意と親近感を抱かずにはいられない。

 
たそがれ清兵衛
2002年 日本映画
テレビ録画にて鑑賞
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 山田洋次が初めて挑んだ時代劇。初の時代劇ながら、山田洋次らしい作品になっていると思う。
 この作品を観る前に、藤沢周平の同名原作を読んでいただけに、藤沢作品の清廉さにはやはり及ばないかな、なんて思う。いや、清廉な世界を表現していたとは思うのだが、藤沢作品の世界の美しさは、映像では表現しきれないものなのかもしれない。

 庄内(山形)の小藩・海坂藩の平侍、井口清兵衛は、妻を亡くしたために、二人の娘と耄碌した母の世話に追われる毎日。勤務後のたそがれ時に、同僚の誘いも聞かずにまっすぐに帰宅する姿を揶揄され「たそがれ清兵衛」と呼ばれている。

 幕末の混沌期、京や江戸とは遠く離れた小藩で、時代の変革期であることは感じていながら、平穏な生活を粛々と営んでいる清廉な武士の姿を描いているのだ。

 違和感を感じずにはいられなかったのは、清兵衛の恋物語が妙に強調されている点。原作では、清兵衛はもっと清廉な人物だったはず。いい年して恋に迷う姿を見せられると、清兵衛の魅力も半減。
 それが山田洋次らしいところなのかもしれないが。

 実はこの作品、エンドロールでわかったのだが、「たそがれ清兵衛」「竹光始末」「祝い人助八」という3つの短編をごった煮にしたもの。それがわかれば合点がいく。この作品での清兵衛は、むしろ「祝い人助八」の助八に近い人物像なのだ。

 原作による先入観抜きにこの作品を観ていれば、すっきりとこの作品の世界に浸ることができ、また、清兵衛の人物像にも好意をもてたかもしれない。真田広之の演技の素晴しさにも素直に感動できたかもしれない。
 ああ、原作読まずに見ればよかった。
ハウルの動く城
2002年 日本映画
TOHOシネマズ南大沢にて鑑賞
~~~~~~~~~~~~~~~~
 説明するまでもないが、宮崎駿の新作。
 もはや「宮崎駿」「ジブリ」というだけでヒットは保証されてしまうわけだが、翻ってこの作品を観た人の評価は概して低い。
 宮崎映画の観客は、それこそ老若男女、あらゆる層のあらゆる価値観の人が観るわけで、この作品に低評価を与えている人がそのすべての層の意見を代表してるわけではない。オトナには物足りなくても、子供が楽しめればそれでいいじゃないか、とも思う。
 また、宮崎作品には一種コアなファン層があり、必ずしも映画ファンと言えない人が宮崎ファンだったりもするので、そのコアな宮崎ファンたちのマニアックな批判ばかりが目に付いている気もした。とにかく、面白くても面白くなくても、自分で観てみなくては。

 さて、感想。
 評価が低いのも納得、というところ。
 映像自体は相変わらず魅力的で、キャラも面白く楽しめたのだが、あまりにも話が説明不足に過ぎる。少なくとも子供たちがきちんと理解できる話ではない。
 突っ込みどころはいくらでもあるが、なかでもちょっとガマンできないのは、心情描写が弱すぎること。
 なぜハウルとソフィーは恋に落ちるのか。なぜハウルは悪魔に魂を売ったのか。なぜハウルは戦争の妨害をしているのか(そもそもここでの戦争とは何なのか)・・・。

 もちろん観客の側でいくらでも解釈はできるのだが、ここまで描写を省かれてしまうと、さすがに怠慢だとしか思えない。登場人物の心情描写が甘いものだから、彼らの行動の必然性・切迫性を感じることができず、ご都合主義的なストーリー展開に思えてくる。

 これがジブリの作品でなければ、「ストーリー展開は稚拙だが、映像には惹きつけられるものがある」といった肯定的な評価もできるだろう。しかし、もはやジブリの作品は、映像は素晴しくて当たり前。素晴しい映像をベースに描かれるワクワクするストーリーを観客は求めているのだ。

 常に高いレベルの仕事を求められるジブリは大変だなあとは思う。この程度の作品だと、「こりゃやっつけ仕事だわ」、という評価になってしまうのだから。

スウィングガールズ
2004年 日本映画
TOHOシネマズ南大沢にて鑑賞
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 「ウォーターボーイズ」でヒットを飛ばした矢口史靖の作品。「ウォーターボーイズ」でシンクロナイズドスイミングに挑戦する男子高校生を描いたのに対し、この作品ではスウィング・ジャズに挑戦する女子高校生。露骨に二番煎じやんけ。

 二番煎じでも面白いからいい。女子高校生の演奏するジャズに庄内弁。あざといと言えばあざとい設定なのだろうが、それでもやっぱり面白いからいい。
 矢口史靖の作品はこの二作以外にも、「ひみつの花園」「アドレナリンドライブ」を観たがみんな面白いと感じた。どうも相性がいいようだ。

 この作品の演奏は、みな実際に出演者たちが本当に演奏したものだという。これは驚くべきことだろう。ジャズの演奏は一朝一夕にできるものじゃない。相当な努力を重ねてきたのだ。
 演技に関しては、正直どうしようもなくヘタクソだった。でも演奏が良かったから、許してしまえる。

 メガネの少女・関口役の本仮屋ユイカはなかなかの存在感。これからの活躍を期待したい。



 

 
 
阿弥陀堂だより
 「雨上がる」で黒澤明の遺稿となったシナリオを映画化した小泉堯史監督の作品。
 奥信濃に移り住んだ夫婦と、村の人々の生活を描いている。

 舞台も地味ならキャスティングも地味(寺尾聰と樋口可南子という夫婦が主人公)。その上タイトルも地味という、どう考えても若者受けしない作品であり、実際私が観た上映館でも、9割以上は中年・老年層であった。

 そんな若者への媚びへつらいを拒絶したかのような作品なだけに、興行的には低調のようで、実際私が観たスクリーンも、50席足らずの極小スクリーンだった。
 しかし、このまま野に埋まってしまうのはもったいない、とてもいい作品だった。

 「農村を美化しすぎている」という批判がある。確かに出てくる人みな善人ばかりで、浮世離れしているかもしれない。
 しかし、それでいい、と思う。理想社会なのかもしれないが、こんな社会もあるよ、こんな生き方もあるよ、と提示してくれただけでもうれしい。社会の暗い面、いやらしい面を描く作品が多いなか、その対極にあるような善意溢れる作品があったっていい。<

 そして、この作品には何よりの「宝」がある。「阿弥陀堂」に住むおうめ婆さんを演じた北林谷栄さんの演技が、神がかっていると表現したくなるくらい、素晴しい。91歳のおばあさんが、どうしてこうも躍動感溢れ、ユーモラスなのに情に厚いという役をこなせてしまうのか。

 このおうめ婆さんの言葉である「阿弥陀堂だより」がまた素晴しい。
 例えば、こんな調子。

     目先のことにとらわれるなと世間では言われて

    いますが、春になればナス、インゲン、キュウリな

    ど、次から次へと苗を植え、水をやり、そういうふう

    に目先のことばかり考えていたら知らぬ間に96歳

    になりました。



 そんな美しい言葉を紡ぐおうめ婆さんを見るだけで、この作品を観る価値はある。それくらい素晴しい演技なのだ。

 小手先の目新しさではなく、正統的なつくり方で良質の作品を作ることができる、こういう監督が映画を作り続けられる限り、日本映画も捨てたもんじゃない、と思う。
[阿弥陀堂だより]の続きを読む
群青の夜の羽毛布
 監督は、「がんばっていきまっしょい」の磯村一路。
 母親に抑圧されて引きこもりになった女性が主人公という、重苦しい作品。前作「がんばっていきまっしょい」で田中麗奈が、カヌー競技に没頭している汗臭くも爽やかな女子高生を演じたのとは対照的に、この作品では本上まなみが、か細く人形のような、青白い女性を演じている。

 その本上まなみの美しさは予想外だった。目オ閉じてたたずむ姿など、はっとするほど美しい。前作での田中麗奈もそうだが、この監督は女優の美しさを引き出すのが上手い。神代辰巳らの下でピンク映画作家としてスタートしたというその経歴が活きているのだろうか。

 その美しい本上まなみにひたすらうっとりとしていればいいのだろうが、映画ファンのはしくれとしてはそういアイドルオタクのようなままではいけないと思い直し(観客の半数はそういう雰囲気の人であった)、物語に注目してみると、すこし人物の描写に深みが足りないと思えた。

 優等生で活発だった主人公のさとるが、どうしてああも病的な引きこもりになってしまったのか、よくわからない。さとるの家庭の病みっぷり知ったテツオの苦悩ぶりも描き足りない。能天気おバカにしか見えない。これは演技力の問題というより、脚本の問題だろう。

 と厳しいことを書いたが、本上まなみの美しさを見るだけでも一見の価値はある。「がんばっていきまっしょい」が田中麗奈を見るだけでも一見の価値があるのと同様に。

 あ、くどいようだが私はアイドルオタクではないのであしからず。
[群青の夜の羽毛布]の続きを読む
OUT
 桐野夏生の小説「ターン」を平山秀幸が映画化。「弁当工場で働くパート女性たちがバラバラ殺人に加担する」というオドロオドロしいプロットだが、不思議と後味の良い作品だった。思えば平山監督の過去作「愛を乞うひと」も、「児童虐待」という暗澹たるテーマながら、観終わった後は不思議と爽やかさの残る作品だった。平山監督は、重いテーマを描いてもどこかに希望を残しておきたい人なのかもしれない。

 だいたい、風呂場で主婦らが死体を包丁でバラバラにしてしまうのだから、正視に堪えるものではない。首を断ち切られた死体が転がっていたり、バラバラにした手や足をポリ袋に包んでダンボールに詰めてたりするのだから、凶悪そのものだ。それなのについニヤニヤとして観てしまう。凶悪犯罪を犯しているはずの主婦たちがあまりに平凡で、そのうろてえっぷりが可笑しいのだ。また、慣れてきた主婦たちが機械的に、まるで弁当屋での仕事のように手際よく死体のパーツをダンボールに詰めていく「作業」をしながら談笑するさまが、どこかズレていて可笑しいのだ。

 そんな可笑しさを支えているのが、主婦たちを演じた原田美枝子や倍賞美津子、室井滋といった芸達者な女優たち。なかでも原田美枝子はさすがだった。いまや誰もが認める大女優だが、やはりこの人の演技力はずば抜けている。

 意外だったのが、香川照之。竹中直人ばりの迫力演技では存在感がある役者だとは思っていたが、さほど幅のある演技ができる役者というイメージはなかったので、この作品での抑えた演技での存在感には驚かされた。要注目の役者だ。

 重いテーマを娯楽作として描きながら、上質の人生賛歌に仕立て上げる平山監督には拍手を送りたい。そして、原田美枝子と倍賞美津子の水着姿には、★5個をあげたいところだ。
[OUT]の続きを読む
ごめん
 小6の少年の青い青い恋のお話。
 冒頭、少年が授業中に突然精通してしまうという、ウブな女性ならちょっと退いてしまうようなシーンから始まるのだが、男である私にとっても、ちょっと気恥ずかしいシーンである。オッサンの域に近づきつつある私が忘れかけている記憶が、ムクムクと頭をもたげてくる。

 そうそう、授業中に突然ムクムクと頭をもたげてくる「ブツ」にヒヤヒヤさせられたこともあった。カピカピになったパンツの処分に困ってベッドの下に隠したこともあった。自分の部屋でこっそりと、硬くなった「ブツ」に定規をあてたこともあった・・・。そんな、青臭くてカッコ悪い思い出が生々しくスクリーンに映し出されていた。オトナになった今だから笑っていられるが、当時は必死だったもんだ。

 そんな映画だからだろうか、観客は男性が過半数。男性の方が多いなんてことは、ミニシアター系の作品ではそうそうあるもんじゃない。そう言えば、私の後ろには小学校低学年らしき姉弟を連れたお母さんがいたが、こういう映画だと知ってて観に来たのだろうか・・・。

 精液のことを「おしる」、精通のことを「蛇口が開いた」なんていう表現をしている。舞台が大阪っていうこともあり、何とも言えない寛大さと言うか大らかさのようなものを感じて、心地よい。
 ただ、主人公の少年の心理の描き込みがちょっと足りなかったような気もする。もっと「わけわからへん」情動への困惑が伝わってきてもよかったのに。むしろ、ヒロインの少女の心理のほうが上手く描かれていた。
[ごめん]の続きを読む
ハッシュ!
 「ゲイのカップル」と「自暴自棄な女性」とが主人公という設定があざといなあ、というのが観る前の正直な気持ち(予断)だった。前評判はいいものの、どうだかなあと斜に構えていたが、とてもいい作品だった。

 作中、一貫して感じるヌルさは、ゲイ特有のものだろうか。ゲイが主人公であるだけじゃなく、監督も? とにかく、そのヌルさが心地よい。

 会話の普通っぽさ、何気なさが印象的。ドモったり、モニョモニョ聞き取りにくかったり。それがナマの生活感を演出している。
[ハッシュ!]の続きを読む
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。