読む映画
「感想」に毛の生えた程度のレビューをシコシコ書いています  ネタバレだらけなので、未見の方はご注意ください~
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白い風船
1995年 イラン映画
テレビ録画にて鑑賞
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 お店に置かれているキレイな金魚が欲しくて欲しくて仕方がない少女の話。金魚を買いに行く道中、お母さんから貰ったお金を落としてしまう・・・。脚本はキアロスタミ。

 イラン版「はじめてのおつかい」といった話で、他愛がないといえば他愛のない話。淡々と話が進むので、退屈と感じる人も多いかもしれない。
 かく言う私も、実は以前に観たことがあったにも関わらず、初見だとばかり思っていて、途中まで気づかなかった。少なくとも、以前観た頃(大学生の頃だったか)にはほとんど印象に残らなかったということだろう。

 でもなかなか味のあるいい作品だと思う。この作品に出てくるオトナたちは、(父親を除き)決して悪い人たちではないのだが、小さな少女からすれば、みんな怖い人に見えてしまう。オトナの理屈とは違う世界に住んでいる少女の目から見ると、何だか冷たい人たちばかりに思えてしまう。

 この作品の舞台は首都のテヘランなのだろう。都会であるが故の冷たさ、無関心ぶりが描かれている。
 それがよく現れているのが、地方出身の若い兵士とのやりとり。兵士は田舎の妹によく似た少女につい話しかけただけなんだろうが、少女やお兄ちゃんにとっては、警戒すべき他人。自分のお金を盗ろうとするかもしれない人なのだ。二人は最後まで兵士に心を許すことができない。
 側溝に落としたお金を、最後は結局拾うことができたのだが、拾うことに協力してくれた少年やおじさんに対し、二人はお礼も何も言わないまま、さっさと去って金魚を買いに行ってしまう。何となく後味が悪いのだ。

 イランではそういう人間関係が当たり前、ってことではないと思う。二人に協力してくれた少年が、寂しそうに一人残されている姿を最後に撮っていることからして、やはり都会の希薄な人間関係を描いているのだと思った。この少年が、イランでは少数民族だろう東洋的な顔立ちをしていたのも示唆的だ。
ラブストーリー
2003年 韓国映画
テレビ録画にて鑑賞
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 なんともベタなタイトルなので甘っちょろい恋愛映画だろうという不安はあったが、「猟奇的な彼女」のクァク・ジェヨン監督の作品なので観てみようと思った。
 「猟奇的な~」ではエキセントリックな女の子を描いていたが、この作品では一転してイジイジした女性を描いている。
 ただし「テコンドーの達人」という設定は少しあざとい気もする(結局この設定は最後まで生かされていない)。

 「ステキな先輩」に恋心を抱く大学生・ジュヘは、偶然目にした母の日記を読み、母の青春時代の淡い恋を知る。ジュヘ自身の「ステキな先輩」との恋と、日記のなかの母の恋がシンクロされていく。

 ツタの絡んだ白い家に、白いハト、そよぐ風、ステキな先輩。そんな少女趣味丸出しの導入部分では、やはりどうしようもなく甘ったるい恋愛映画かとうんざりしていたが、物語が進むにつれてなかなか面白くなってきた。

 現代に生きるジヘと、パク・チョンヒの独裁政権時代に生きる母との対比が面白い。
 儒教の文化の根強い韓国では、男尊女卑、親子の上下関係の厳しさなどがつい最近までは当たり前のものとしてあったのだが、それが最近は崩れてきているというのがよく対比されている。

 母を愛した青年ジュナは、母と別れて兵士となり、ベトナムの戦地へと向かう。いわゆる上流階級の母や、ジュナの親友テスは、大学生として反体制デモに参加したりしている一方で、貧しい家庭のジュナは徴兵されて兵士になっている。ほんの40年前、韓国というのはそういう国だったのだということが興味深い。
 ここでジュナは、アジア人がアメリカのイヌになったと後ろ指を指されていた、残虐非道と悪名高き「猛虎師団」の兵士となっている。その描き方はともかく、猛虎師団を韓国人が描いた映画が外国で公開されているというのはなかなか珍しいのじゃないかと思う。

 それはともかく、後半は涙なくしては観られない。ラストのペンダントのくだりなど、やられた~と思いながらも、胸が熱くなった。

 ベタなタイトルだからと侮ってはいけない。なかなか上質な恋愛映画だった。
イルマーレ
2000年 韓国映画
テレビ録画にて鑑賞
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 「猟奇的な彼女」でブレイクしたチョン・ジヒョン主演のラブストーリー。「猟奇的な~」より1年前に撮影されている。

 遠浅の海の上に浮かぶ(一見モルディブあたりの水上コテージのような)家、イルマーレ。そのイルマーレの前に置かれている郵便ポストを通じ、二人の男女が手紙を交し合う。ところがその二人が生きているのは、2年という年月が隔たった世界・・・。

 設定がまるっきり現実離れしているのだが、そもそもこれはファンタジーだということで、そういうもんだと納得はできる。辻褄の合わないところはいくらでもあるが、それは目をつぶろう。

 それにしても私には退屈で仕方なかった。落ち着いた描き方で、大人のラブストーリー風ではあるが、むしろ大人のラブストーリーに憧れる少女向けのラブストーリーだったように思える。
 とにかく、主演(男)イ・ジョンジェのキザったらしい演技が鼻に付く。なんかもう、立ち居振る舞いのすべてがうっとおしい。
 プロットも、なんだか韓国テレビドラマ風。テレビドラマほどベタではないのだが、「昔の男を忘れたくても忘れられない」女と、「偉大な父親に捨てられたことがトラウマになっている」男の話なのだから・・・。
 いわゆる「韓流」ドラマにキャーキャー言ってる人たちにはいいのかもしれない。少なくとも私には、ベタでチープなラブストーリーにしか思えなかった。
酔っぱらった馬の時間
2000年 イラン・フランス映画
テレビ録画にて鑑賞
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 クルド人監督による、クルド語で作られた「ほぼ」初めての映画(「ほぼ」というのはヘンな表現だが、最初のクレジット画面でそう翻訳されている)。

 イラク国境に近い、イラン領土内に住むクルド人一家の生活を描いている。母親はお産で、父親は地雷で、それぞれ命を落としている。そして、長男は重度の障害者。
 そんな境遇のなか、懸命に生きる子供たちの生活が淡々と綴られている。

 クルド人がイランやイラク、トルコといった諸国で迫害されていることは知っていても、彼らの日常生活を知ることは、日本人には難しい。ロバの背にトラックのタイヤをくくりつけて密輸を敢行している人たちがいることも知らないし、寒さからロバを守るため、ロバに酒を飲まさなくてはならないほどの寒さの厳しい山岳地帯に生きているということも知らない。
 もちろんこの作品はドキュメンタリーではなく劇映画なのだが、クルド人の監督がクルド人を使って作った作品なだけに、リアリティに溢れている。

 この作品、とてもメッセージ性が高い作品だと思うのだが、悪名高い検閲のあるイラン映画として公開されているのが意外だ。
 イランの検閲者たちは、子供が主人公であれば基準がとたんに甘くなってしまうのだろうか。この作品に限らず、子供が主人公のメッセージ性が高いイラン映画がやけに多い。

 これだけ過酷な生活を描いたこの作品、全体に重いトーンで描かれていて、ユーモアを感じさせるシーンなどほとんどない。それにも関わらず、観てもそれほど重苦しい気持ちにならずに済むのは、主人公の少年がとっても頑張り屋で優しくて、誰しもが応援したくなるような子だからだろう。
 でもそれだけに、ラストでの少年の悲痛な叫びは、とても胸に深く響いた。
藍色夏恋
2002年 台湾映画
テレビ録画にて観賞
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 台湾の青春恋愛ドラマ。2人の少女が1人の少年を好きになって、恋と友情の間で揺れ動くという、よくあるプロット。ただし、主人公の少女が、感情の読めない「不思議ちゃん」になってしまっているのが、一風変わっているところ。

 一風変わっているのは大いに結構なのだが、この少女の描かれかたはマイナスに作用しているように思える。もっと可愛げのある子であれば感情移入もできるだろうし、逆に陰のある子であっても、陰を持つようになった原因が描かれていれば、やはり感情移入はできるだろう。
 でもこの子は「不思議ちゃん」でしかないので、この少女が何を思い、何に悩んでいるのか、まるでどうでもいいことのように思えてしまう。

 ただでさえ、告白されただ手をつなぐだの、30歳を目前に控えた身にとってはあまりに青臭い話なだけに、その上感情移入もできないとあっては、もはや彼女らの行動をぼけーっと眺めているしかなかった。
おばあちゃんの家
 いまだ元気な韓国映画。「シュリ」「JSA」といったハリウッドばりの大作もいいが、一方でこういう地味な佳作も着実に作られているのが韓国映画界の健全さを物語っているように思う。しかもそれが興行的に成功し、400万人もの動員を記録したという。

 都会の少年が、田舎のおばあちゃんの家に居候するという、ただそれだけの話。特段大きな事件が起こるわけではなく、少年とおばあちゃんの不器用なやりとりが丹念に描かれる。

この少年がまた、どうしようもないワガママなクソガキで、自分のことしか頭にない。おばあちゃんを「バカ」呼ばわりするわ、おばあちゃんのカンザシを盗んで、携帯ゲームの電池を買うために売ろうとするわ、もうやりたい放題。

 母の手一つで、あまり愛情を受けずに育ってきた子らしいので、この少年がクソガキになったのもやむを得ないのかもしれない。しかし、どうしてもこのクソガキのわがままぶりには腹が立ってしかたがなく、感情移入などできなかった。どうせ私は心が狭い。

 しかし、だからこそ、そんなどうしようもない孫に対して、無条件の愛情を捧げるおばあちゃんの生き方には、グッときてしまう。血の繋がった孫というのは、こうも無条件に愛せてしまうものなのだろうか。

 主人公の少年は、テレビにも出ている子役俳優らしいが、その他のキャストはみな素人。そのせいか、むしろ少年の芸達者ぶりが、作品のなかでは浮いてしまっているように思えた。

 おばあちゃん役は、今まで一度も映画というものを観たこともない、本当の田舎のおばあちゃん。だから演技もクソもないし、ほとんど無表情のまま居続けるのだが、かえってその無表情ぶりがよかった。
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少林サッカー
 少林寺拳法の使い手たちが、拳法を駆使してサッカーをするという荒唐無稽の物語で、バカバカしいと言えばバカバカしいには違いないのだが、バカバカしさもここまで突き抜けていると清々しい。ドップリとその世界に浸かって観てみると、これがとってもおもしろい

 「リアリティがない」なんて言うのは野暮ってもの。少林寺拳法の使い手とは言っても、ダサくてどこかズレた選手たち(よくもまあこんなにヘンな顔をした役者を集めたものだと思う)が、一生懸命ボールを追っかけている姿は感動モノ。凄いんだけど決してカッコよくない拳法サッカーは爆笑モノ。

 久々に、サービス精神爆発の香港映画を観た気がした。
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友へ、チング
 いまノリにノってる韓国の作品。
 ノスタルジックな作品、という先入観をもって観たので、ホロホロ泣ける作品を期待していたのだが、ぜんぜん違うではないか。ヤクザがドツきあってるじゃないか。殺しあってるじゃないか。R-15指定に納得。

 ヤクザになったジュンソクと、エリートとして生きるサンテクの友情が柱なのかと思っていた。ラストシーンからしても、実際にそれを柱として作られているのかもしれない。が、しかし、ちょっとそのあたりはヌルい。

 エリート街道まっしぐらのサンテクの存在感が、あまりに薄い。そもそも、なんでジュンソクとサンテクがそこまで固い友情で結ばれているのか、説明が不足していると思う。サンテクという、ヤクザ社会とまったく縁のない人物の視点がないと、この作品はただのヤクザ映画になってしまう。だからもっとサンテクに存在感を持たせたほうがいいのになあ、と思った。

 しかし、それを補って余りあるのが、ジュンソク役のユ・オソンと、ジュンソクと敵対するヤクザになってしまうドンス役のチャン・ドンゴン。この二人の存在感は圧倒的で、この二人の演技を観るだけでも、いまの韓国映画の勢いを感じ取ることができる。それくらい素晴らしい。

 なかでも、ジュンソク役のユ・オソン。とびきりケンカが強くて、義理人情に厚くて、カッコイイ。それでいて、どうしようもない成り行きに深い悲しみを感じる、そんなジュンソクを見事に演じている。


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カンダハール
 イランのマフマルバフ監督が、タリバン圧政下のアフガニスタンを描いた作品。
 この作品の面白いところは、イスラム国家イランの監督が、同じイスラム国家である隣国のアフガニスタンのタリバン政権を批判的に描いているところだ。
 タリバンというのが、いかにイスラムのなかでも異端視されていたのかがわかる。映画監督というのはインテリであり、西洋的な価値観も持ち合わせている(特にマフマルバフは)ために、必ずしも一般大衆の価値観を反映したものとは限らないということは考慮すべきだが。
 イランというと、映画に対する検閲の厳しさが有名だが、この作品が検閲をパスできたというのがおもしろい。もともとイランはタリバン政権とは仲が悪いためだろう。

 アメリカ在住のアフガン女性ジャーナリストが、アフガンに残した妹の安否を気遣ってアフガンに向かうという筋書きだが、これは主人公役ナファス役のニルファー・パズィラがマフマルバフに持ち込んだ話らしい。ニルファーはホンモノのジャーナリストで、実際にアフガンに向かおうとしていて、その道中をドキュメンタリーとして記録してほしいということだったというのだから驚く。さすがにそれではニルファーの身の安否が保証できないので、劇映画としてイラン国内で撮ったということになったということだ。
 
 この作品は、かの「アメリカ同時多発テロ」の影響で、作品そのものの評価とはまったく違う次元で、話題作となってしまった。連日、「カンダハルでは・・・」といった報道がなされていたのだから。
 そして、この作品の「話題作」ぶりには最大級のオマケがつく。出演者のハッサン・タンタイ(ブラック・ムスリムの医師役)が、実はアメリカでの   に関わったという事実が判明したためだ。

 ともあれ、個人的にはもっと早い時期に、この作品を観たかった。
 ブルカや神学校で象徴されるような、タリバンの原理主義的な圧政というのは、今では日本でも周知のこと。むしろこれから考えていかなくてはならないのは、「アメリカ=正義、イスラム=悪」ではない、ということだと私は思う。
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八月のクリスマス
 いま、韓国映画が熱い、という声をよく聞く。なかなか韓国映画が日本で公開されることはないが、韓国映画の質の高さを実感させてくれる作品だった。

 死を目前に控えた青年が恋に落ちた・・・これだけ書くと、世間にいくらでもある難病モノのようだけど、この作品は、その手の作品とは一線を画している。

 まず、描写がとても静謐。登場人物たちは、大げさに喜んだり怒ったり悲しんだりしない。ただただ、日常的な行為が営まれ、日常的な会話が交わされる。

 ホ・ジノ監督はインタビューで、小津安二郎が好きだと言っている。確かに小津作品を彷彿とさせる。ただ僕は、むしろ小津というよりも、市川準を連想してしまいました。「東京兄妹」とか。

 そして、主人公の青年、ジョンウォン(ハン・ソッキュ)が、とっても魅力的。死を目前にし、酔っ払って交番で暴れたり、布団にくるまってむせびこともある。しかしそれでも他人に対してはあくまで優しい。恋心をいだくようになるタリム(シム・ウナ)に向ける笑顔は、最高。僕もこんな寛大で懐の深い男になりたいなあ、とまで思ってしまった。

 演ずるハン・ソッキュは、韓国では出演作のすべてがヒットするという大スターとのこと。決して美男子ではないのですが、演技力はバツグン。セリフ無しでも、控えめな表情や仕草だけで、表現してしまう。

 ジョンウォンは、ビデオの操作ができない父親に、懸命に操作方法を教える。しかし機械に弱いらしい父親は、何度教えても要領を得ない。このときにジョンウォンが珍しくカリカリするのは、自分の亡き後の父親を思うがゆえだろう。

 自室に引きこもって、ジョンウォンはビデオの操作方法を、大きな紙に箇条書きにして大書する。意を決したように紙に向かうジョンウォンは、まるで遺言書を書いているように見える。
 さりげないエピソードですが、僕がこの作品のなかで一番印象に残ったエピソードだ。

 いわゆるトレンディ・ドラマ(死語かな)には決して描かれることのない世界がここにはあるす。その手のドラマの大仰で安っぽい演技やセリフに飽きてしまった人には、ぜひオススメしたい作品。
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