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読む映画
「感想」に毛の生えた程度のレビューをシコシコ書いています  ネタバレだらけなので、未見の方はご注意ください~
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しあわせな孤独
2002年 デンマーク映画
テレビ録画にて観賞
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 あまりお目にかかることのないデンマーク映画。物珍しさから観たようなものだが、人間の心理描写の深さが印象的な作品だった。

 結婚間近の幸せな若いカップル(ヨアヒム&セシリー)と、3人の子供を抱えた医師夫婦(ニルス&マリー)。マリーがヨアヒムを車で轢いてしまったことがきっかけで、ニルスとセシリーが恋に落ちてしまう。

 加害者の夫であるニルスと、被害者の恋人であるセシリーが不倫をするわけだから、客観的に見れば到底許されるものではない。二人の行動は身勝手とそしられても仕方ない。

 それでも、私は二人の行動を非難することができない。
 妻子を抱えながら、言ってみればセシリーの魅力に参ってしまったニルスの行動は、あまり感心することはできないのは確か。しかし、あんな魅力的な女性が悲しみに暮れ、慰めを求めていれば、放っておけないというのはわかる。男の身勝手かもしれないが・・・。
 一方のセシリーも、言ってみれば泥棒ネコなわけだが、ヨアヒムを愛していながらもヨアヒムに拒絶されつづけている彼女の悲しみを思えば、非難することは到底できない。

 不倫はダメ、と片付けるのは簡単だが、ここまで各人の心理描写を丹念に、説得力をもってやられてしまうと、すべてが必然で、運命だったのだと思えてしまう。

 突然の事故で首から下の自由を失ったヨアヒム。ヨアヒムに拒絶され続けるセシリー。家庭を大事に思いながらもセシリーへの想いをどうすることもできないニルス。ヨアヒムを轢いたという罪の意識に苛まれ、一方でセシリーに夫を奪われてしまったマリー。そして、自分のせいで事故を起こしたと罪の意識に苛まれながら、父親の不倫を知ってしまった、ニルスの娘。
 それぞれの苦しみ、悲しみ、葛藤、戸惑いといったものが、極めて丹念に、そして優しい視点で描かれていた。

 デンマーク映画を観たのは多分初めてだが、風景描写の美しさといい、心理描写の緻密さといい、かなり質が高いと感じた。近隣のオランダやドイツの作品に通じるものがあるかもしれない。

 特にセシリーの描写は素晴らしかったと思う。あんなに優しくて寛大で美しくて知性的で、しかも奥ゆかしい女性に求められれば誰だって・・・。

 そうそう、この映画を観て、2002年サッカーワールドカップの際のデンマーク代表チームの評判の良さを思い出していた。
 詳しくは、
http://www.y-ohkawa.jp/essay/H14.8.12sakka.htm
 を見てもらえればわかるが、キャンプ地和歌山でのデンマーク代表選手たちの評判は最高だった。
 特にトマソン。ワールドクラスの素晴らしい選手である上に、人間的にこれだけ魅力的で素晴らしい人はそうそういない。

 この作品に出てくる人たちも、みんな思慮深く暖かい。デンマークというのはそんなに成熟した素晴らしい国民性の国なのかと興味を持った。
息子のまなざし
2002年 ベルギー・フランス合作
2005年1月 テレビ録画にて鑑賞
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 久しぶりに深く考えさせられる映画を観た。

 職業訓練所で木工の教師として働く男と、生徒としてやってきた少年との交流を描いている。
 徹頭徹尾、抑えた表現の作品だった。音楽はまったく無し。カメラは常に主人公の教師をアップでとらえている。ハンドカメラのブレブレの映像が、ひたすら長回しで綴られている。

 教師は、少年に対し並々ならぬ興味を抱いている。陰から覗いたり、勤務後にさりげなく待ち構えていたり、挙句の果てにはロッカーから鍵を盗んで少年の部屋に侵入したり・・・。

 冒頭からの彼の挙動不審ぶりからして、「こいつはヘンタイなのか」といぶかりながら観ていたが、物語中盤で、彼の不審な行動の理由が明かされる。
 彼の行動の理由がわかってからは、彼の表情や行動の一つ一つが重く、考えさせられるものだった。

 この作品が問いかけてくるテーマは重い。自分の子を、子供に殺されてしまった親は、その子供を許すことができるのか。少年の重犯罪が増えている日本にとっても、避けて通りがたいテーマだ。

 作品中、彼は少年をひたすら観察し、とにかく少年のことを知ろうとする。
 ここに鍵があるのだと思う。相手を許すためには、相手のことをよく知らなくてはならない。相手のことをよく知らないからこそ、相手を恐れ、憎むという構図がある。
 加害者とはいえ、相手はまだ少年。それも、若くして世間の荒波に晒されながら、苦しい人生を生きていかなくてはならない。そのことを、彼は少年を観察することで、理解していったのだと思う。

 世の親たちすべてが彼のような行動をとりえるとは思えない。また、彼のような寛容な姿勢でなくてはならない、と言うことは私にはできない。加害者を一生憎しみ続けるのが、普通の姿だと思う。

 ただ、憎しみを乗り越えたいのであれば相手を許すことが大切であり、相手を許すためには相手を知らなくてはならない。
 そのことを教えてくれる作品だった。

 観終わってから気づいたのだが、タイトルの「息子のまなざし」とは、背後霊のように教師を背後から捉えつづけたカメラのことなのかもしれない。
 観客は、亡き息子のまなざしで親の姿を追いかける。そして親が加害者の少年を許した瞬間、プツリとカメラは途切れ、物語は終わった。
その男ゾルバ
1964年 ギリシア・アメリカ合作
テレビ録画にて観賞
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 名作「道」の印象が強いアンソニー・クイン主演作。その程度の知識しかなかったが、実はギリシアを舞台とした代表的な作品のようだ。アテネオリンピックが開催された今年、ギリシア映画特集として放送されたのだろうが、録画の際にはまるで気が付かなかった。

 舞台はエーゲ海に浮かぶクレタ島。ギリシア人の父を持つイギリス人作家・バジルが、父の遺した土地の始末のためにクレタ島を訪れ、豪放磊落なギリシア人・ゾルバと出会う。
 何事にも慎重で、とかく思い悩むバジルと、自らが感じるままに行動し、ストレートに感情を爆発させて生きるゾルバの対比が面白い。何もかもに失敗し、どうにもならなくなった二人が、海岸で奇妙なゾルバ・ダンス(?)を踊り狂うラストシーンは、「生きる」ということの意味を考えさせてくれる、いい場面だった。

 この作品で最も印象に残ったのは、クレタ島に住む人々の描かれかただ。冒頭こそ、外国人であるバジルを歓迎する素朴な人々として描かれているが、その内実は暗鬱なものであることが暴かれてゆく。若き未亡人に対し、村中の男たちは欲望をたぎらせ、思いが遂げられない男たちは彼女を憎むようになる。彼女に思いを寄せる若い男が、失意のあまり自殺するや、村中の男も女も、老いも若きも、彼女を追い詰め、石を投げ、ついには刺し殺してしまう。また、村でアウトサイダーとして生きるフランス人マダムが死の淵にいると知った村人たちは、マダムの家へ押しかけ、マダムが亡くなるや彼女の財産をすべて掠奪してしまう。

 何ともやりきれない描き方で、気分が悪く、恐怖すら覚えてしまう。ギリシアの人々は、ローマ帝国やオスマントルコをはじめ、歴史的に様々な民族に征服され、抑圧されてきたがために、どこか屈折したところがあるというが、この描かれかたをみると、なるほどと思ってしまう。

 残念だったのは、この作品がモノクロ作品であるという点。クレタ島の空や海の青さ、山の雄大さと、人々の暗さが、カラーであればなおいっそう際立っただろうに、と思う。

 全体的に暗澹たる印象のある作品だが、ゾルバを演じるクインの、底抜けの陽気さと笑顔と人間的魅力が、この作品を暗い文芸作にさせずにいる。「道」でのザンパノと同じくらい、この作品でのゾルバはクインの魅力いっぱいのキャラクターだった。
この素晴らしき世界
 「ナチス支配下のチェコで夫婦がユダヤ人の青年をかくまう」という設定からして、いかにも重くて鬱陶しいように思えるが、ところがどっこい、とても素晴しき映画だった。

 確かに時代背景は重いし、ストーリー展開も重い。いや、だからこそ、そこここに散りばめられたユーモアが生きている。

 チェコというのは、昔から何でも笑い飛ばしてしまおうという気質がある土地なのだという。それは常に近隣の大国の支配に脅かされてきた小国の生きる知恵らしいが、そのチェコ人の気質がうまく表現されている。

 「ナチス支配下のチェコ」という、あまり日本人が知りえない世界を描かれているだけでも、私にとっては興味深い。

 いつも思うのだが、この作品のような良質な作品ばかりがラインナップされている岩波ホールの観客がジジババばかり(失礼)なのは、もったいない。ワカモノも岩波ホールに足を運ぼうではないか
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