読む映画
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ジョニーは戦場へ行った
1971年 アメリカ映画
テレビ録画にて観賞
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 第一次世界大戦に参戦したアメリカ。「自由」と「正義」という大義名分を信じて志願した青年・ジョニーは砲撃に遭い、手・足・目・耳・口を失ってしまう・・・。

 この作品で描かれるのは、こんな状態になったジョニーが軍の病院に収容され、医療の力で生かされている姿。悲劇的なのは、こんな状態にあっても、ジョニーは正常に思考する力を失っていないこと。医師や看護師らは植物人間として扱っているのに、彼は人の動きを振動や触覚で感じ取ることができること。

 身じろぎ一つできない状態と対比するかのように、恋人と愛し合ったり、走り回ったりする元気な姿が回想シーンとして描かれる。観ていてとても辛い作品だった。しかもこれが実話ベースだというからなおさらだ。

 この作品がつくられた1970年頃のアメリカはベトナム戦争の渦中にあった。その時代にあえてベトナムではなく第一次世界大戦を舞台に据えたのがおもしろい。そのおかげで、戦争の悲劇が普遍的であるということが観客皆に伝わったのじゃないかと思う。

 「自由」と「正義」のために若者が戦場へ駆り立てられ、死と直面しているというのは今も変わらない。
 しかし、私がアメリカ製の反戦映画・厭戦映画を観ていていつも感じるのが、あくまで「兵士の悲劇」を描いているにすぎないこと。この作品も結局はその枠の中にとどまっている。
 戦争で一番辛い状況にあるのは、自ら志願した兵隊ではない。戦場となった地に生活している普通の人々のはず。その視点が、アメリカの反戦・厭戦映画には常に欠落している。

 兵士の悲劇を描くのが、反戦・厭戦気分を盛り上げるのに効果的なのだろうことは理解できる。しかし、その視点だけでいいとはとても思えない。
 自国の兵士が死ななければ戦争は容認されるのか。自国の兵士が死ななければ、「自由」と「正義」という建前で他国民を殺戮してもいいのか。

 アフガンやイラクでの戦争に対してのアメリカ人の感覚は、ベトナム戦争当時とほとんど変わっていない。ほとんどのアメリカ人には、戦地で苦しめられ、恣意的に殺戮される普通の人々の存在が、驚くべきことだが、未だに見えていない。

 「人間の尊厳」という観点で観ると、とても感じる部分の大きいい作品ではある。
 しかし、ベトナム戦争当時につくられた反戦映画であることを考えると、アメリカ製の反戦映画はこんなもんか、と感じてしまった。
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コメント
この記事へのコメント
 グロリアさん、お久しぶりです。コメントどうもありがとうございます。
 どうにもこうにも重い映画ですよね。ビジュアル面での残酷さはないんだけど、観ていて辛かった・・・。
2005/04/03(日) 13:41:15 | URL | りょうち #25OPJu36[ 編集]
りょうちさん、お久しぶりです。
この映画、子供の時にTVで観ました。
肉の塊になってしまったジョニーが意識だけは明瞭というのが残酷でしたねぇ・・・
「アメリカ反戦映画には戦地に生きる普通の人々の悲劇を思う視点が欠落している」という
りょうちさんの指摘、鋭いです!
2005/04/03(日) 10:09:20 | URL | グロリア #-[ 編集]
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青年ジョニーは、戦場へ行って、とんでもないことになってしまった。衝撃的で悲しい物語。 成人になってから読んでみたらいいのではないでしょうか。あんまり若いときに読んでも、若さゆえの死への恐怖がなくて、ことの恐ろしさを想像できないと感じてしまいます。 こ.
2005/05/02(月) 21:51:01 | 読書と感想文
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