読む映画
「感想」に毛の生えた程度のレビューをシコシコ書いています  ネタバレだらけなので、未見の方はご注意ください~
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スリング・ブレイド
1996年 アメリカ映画
テレビ録画にて観賞
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 公開当時、良い作品だということで話題になっていたので、気にはなっていた。だけど、障害者と少年の物語だという設定から「お涙頂戴モノだろう」と思い込み、結局劇場には向かわなかった。
 公開から7年ほど経って初めて観たことになるが、こんないい作品を公開当時観に行かなかった私はバカだった。
 いや、いい作品、と言うのは少し違うかもしれない。ハリウッド映画らしからぬ結末は、むしろケン・ローチあたりのイギリス映画を連想させる。決して後味のいい作品ではない。

 後味のよくない最大の理由は、結局主人公のカールが、25年前と同じように、殺人を犯してしまうこと。それは決して彼の身勝手や短気によるものではないように描かれている。しかし、友達になったフランク親子を救うためとは言え、人を殺してしまうということは、当然のことながら許されることではない。彼が同じ過ちを犯してしまったのは、やはり知的障害があることとは決して無縁ではないと思う。彼にはそれしか方法がなかったのだ。
 精神障害者と再犯の問題が注目され、「精神障害者は簡単にシャバに出すな」といった世論が強くなってきていることを考えると、カールが結局殺人を犯してしまったということに対しては、重い気持ちにならざるをえない。私には消化不良気味なテーマだ。

 ロクデナシの男とカールの父親以外、カールやフランクの周りの人たちは皆いい人として描かれている。精神病院の院長、カールの勤め先のオーナー、フランクの母親、フランクの母親の友人のゲイ・・・。しかし、それでもロクデナシの男ひとりがいるだけで、カールやフランクは不幸のどん底に追い込まれてしまっているのだ。

 そのロクデナシの男も、極悪人というわけではない。日中は工務店のオーナーとして頑張っているし、フランクの母親のことは本気で愛している。人間らしいところもあるのだ。言ってみれば、世間にいくらでもいるDV男のひとりに過ぎないのだろう。

 だからこそ、カールがその男を殺してしまったということに、重い気持ちになってしまうのだ。そこまでしなくても、という思いがどうしても抜けきれない。

 主人公カールは、聖者のような達観したようなところのある人物。彼のキャラクターも面白いが、むしろ私は、少年フランクに心を動かされてしまった。
 大好きな父親を亡くし、未亡人となった母のところにはロクデナシの男が入り浸っている。フランクの心は、いつも寂しさと怒りとやるせなさで満ちている。そんなフランクの心が痛いほどよくわかったし、カールが人殺しだと知っても気にせずなついていったのもよくわかる。
 本当は誰よりも心が優しいのに、嫌なことや辛いことばかりを経験し、怒りにを抑えきれずロクデナシをにらみつけ、「あいつを殺してやりたい」とカールにこぼすフランク。
 「もう疲れたよ」と言ってうつむき加減になってしまうフランクの心を思うと、やりきれなくなる。
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