読む映画
「感想」に毛の生えた程度のレビューをシコシコ書いています  ネタバレだらけなので、未見の方はご注意ください~
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ミュンヘン
2005年 アメリカ映画
立川シネマシティにて鑑賞
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ユダヤ人であるスピルバーグが描いた問題作。
 ミュンヘンオリンピックでのイスラエル選手団殺害事件、いわゆる「ブラック・セプテンバー事件」が題材。
 しかし、描写の大半は、この事件そのものではなく、その後のイスラエルによるパレスチナテロリスト暗殺についてです。

 スピルバーグは、この映画を公開したことで、アメリカのユダヤ人社会では散々に非難されています。
 「パレスチナのテロリストを人間的に描きすぎている」と。

 これはスピルバーグの思惑どおり、想定内の反応でしょう。
 スピルバーグはあえてパレスチナのテロリストを人間臭く描いたのでしょう。同時に、イスラエルの暗殺団も、とても平凡で人間臭く描かれています。

 そのおかげで、イスラエルによる報復行為が、とても愚かしく感じられるのです。

 スピルバーグが社会性の高い作品を描くとき、私がいつも脱帽するのは徹底したリアリズムへのこだわりです。
「プライベート・ライアン」がその最たるものでしょう。「戦場」を即物的に描ききることで、戦場の恐ろしさが迫ってくるように思えました。オマハビーチの上陸作戦で感じた恐怖、街中の白兵戦で突如戦車が地響きを轟かせて現れたときの恐怖は、今でも忘れることはできません。

 この作品でもリアリズムへのこだわりは徹底しています。
 例えば、オリンピック村での一部始終も、かなり細部まで現実に即しています。「ブラック・セプテンバー 五輪テロの真実」というドキュメンタリー映画で観た実写映像と、瓜二つでした。
 また、例えば銃撃戦での銃撃の数まで合致させているというのだから、すごいもんです。

 そして一方で、「テロリストを人間的に描く」というのも、リアリズムであると言えるでしょう。
 テロリストは悪魔だ、殺人兵器だ、と考えるのは主観に過ぎません。
 現実には、テロリストも人間であり、親や家族を大切に思っている善良な面を持ち合わせていたりするのです。

 しかしそれも、アメリカのユダヤ人社会には受け入れられないようです。
 あくまで彼らは「パレスチナのテロリストは悪魔だ」と喧伝しなくてはならず、それを疑問視する声を排除しなくてはならない。

 そんなことはユダヤ人であるスピルバーグは百も承知なのに、この作品を上奏してしまった。
 私は、ユダヤ人社会で爪弾きにされるリスクを覚悟して、この作品を世に送り出したスピルバーグに敬意を表します。

 憎しみは憎しみしか生まない。
 報復は、更なる報復しか生まない。
 そんなことは、例えばパレスチナ問題の埒外にいる私たち日本人には自明なことなのに、当事者たちには理解しにくいものなのかもしれません。

 必要なのは、対話すること。
 お互いがお互いのことを知り、互いの立場や心情を理解することだけが、和解への道なはず。

 パレスチナ問題でも、こんなことはわかりきっているはずなのに、実際にはなかなか進展しない。

 この作品は、一向に解決への道が示されないパレスチナ問題への、スピルバーグなりの意思表明のように思えました。
スポンサーサイト

テーマ:今日観た映画 - ジャンル:映画

コメント
この記事へのコメント
おひさしぶりです
 コメントどうもありがとうございました。
 鑑賞後いろいろ調べてみたのですが、調べれば調べるほど疑問が・・・。
 この作品の評価は難しいです。
2006/03/09(木) 03:13:27 | URL | 管理人 #25OPJu36[ 編集]
イスラエル寄り
私はこの映画を「随分イスラエル寄りに描いたなぁ」と感じました。
まあ、アメリカで撮ればこうなるんだろう、と。
テロリストにとっての正義がどういうものかを観客にリアルに見せてくれたのは大きな功績だと思います。
2006/03/08(水) 19:37:59 | URL | una noche #0uwWg0JQ[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://ryochi.blog2.fc2.com/tb.php/111-1888f547
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。