読む映画
「感想」に毛の生えた程度のレビューをシコシコ書いています  ネタバレだらけなので、未見の方はご注意ください~
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細雪
1983年 日本映画
テレビ録画にて観賞
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 原作谷崎潤一郎、監督市川崑。主演の四姉妹が岸恵子、佐久間良子、吉永小百合、古手川祐子という、とにかく豪華絢爛な作品です。谷崎作品を映像化するにはこのくらい豪華なキャスティングじゃないとムリってものなのでしょう。

 谷崎潤一郎一流の美しい世界が見事に描かれているとは思います。それに何より、女優たちの競演が素晴らしい。特に岸恵子の存在感は、さすがです。

 しかしド庶民の私にとっては、家業が傾いていながらプライドだけは超一流である彼女たちの生き方は鼻持ちならないとしか思えず、虚ろな人々だなと感じるばかりでした。穿った見方かもしれませんが。

 谷崎潤一郎の小説を読み終えたことがなく、挑戦してもいつも途中でバカバカしく思えて投げ出してばかりいた私には向いていない作品だったのかもしれなませんね。
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テーマ:映画感想 - ジャンル:映画

ソウ
2003年 アメリカ映画
テレビ録画にて観賞
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 ロードショウ当時、コアな人気を博していた作品です。
 今回観ることで、その人気に納得しきり。すさまじく魅せる力のある作品でした。

 数年前に公開されたスリラー「CUBE」に似ているかもしれません。低予算映画でありながら、演出と脚本の妙で観客を惹きつけてやまない、いう点で酷似していると思います。
 でも私は「CUBE」よりもずっと、この作品のほうが楽しめました。

 あまりに素晴らしかったので、いろいろ調べてみたところ、監督のジェームズ・ワンと脚本・主演のリー・ワネルはオーストラリア人。しかも26歳という若さで作り上げたというからすごいもんです。

 密室に鎖で繋がれた2人の男と、1つの死体。
 まったくナンセンスなこの状況に説得力を持たせ、監禁された2人の男の精神状態を丹念に描く力は相当なものだと思います。
 脚本も練られていて感心しきり。特にラストの畳み掛けるようなどんでん返しには、参りました。

 アメリカ映画というのは、愚にもつかないハリウッド映画が幅を利かせている一方で、この手の作品も続々と出てきたりするからおもしろいもんです。
 
 ただ、例えば「ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ」の俊才ガイ・リッチーが、ハリウッドに取り込まれてしまい、それこそ愚にもつかない作品ばかりつくるようになってしまったように、ハリウッドというのは若き才能の感性を鈍らせる作用もあるように思います。

 この若き2つの俊才には、ぜひその轍を踏まないでいてほしいなと願っています。

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いま、会いにゆきます
2004年 日本映画
テレビ録画にて観賞
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 竹内結子と中村獅童の「できちゃった婚」の報道があった後なので、ちょっとシラケ気味の気分で観始めたのですが、シラケ気分は早々にぶっ飛びました。

 徹底的に静謐な世界が描かれていて、とても好ましいのです。
 自分のことを省みても、なかなかこういう静謐で穏やかな夫婦関係というのはありえないだろうと正直思いますが、だからこそこういう夫婦関係に涙してしまうのかもしれませんね。

 現実のこの二人(竹内結子&中村獅童)が「できちゃった婚」をしていることが象徴的と言っていいかもしれませんが、現実の男女関係と、この映画で描かれる男女関係は、完全に遊離しています。
 まるで戦前の映画を観ているかのような錯覚すら覚える純愛映画であり、リアリズムとはかけ離れています。
 しかし、そもそも「死んだ妻が生き返る」というファンタジー映画でもあるので、この二人の純愛ぶりもファンタジーとして、素直に受け入れられるのです。

 だから、手を触れるだけでドキドキしてみたり、照れ笑いをしてみたりという、「ありえない夫婦関係」をとても美しいものとして観ていられました。
 竹内結子も中村獅童も、少なくともこの作品中ではとても美しかったです。

 終盤でファンタジーの種明かしがされるのですが、これもなかなか秀逸。ただしエンドロールでかかるオレンジレンジの曲はカンベンです。
 それまでの静謐な世界がぶち壊し。

 世界の中心で何か叫んだりするよりも、こういった静謐な純愛モノのほうが日本映画らしくていいのではないかと思いますす。
 何か叫ぶような映画はハリウッドにまかせておけばいいのです。

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トスカーナの休日
2003年 アメリカ映画
テレビ録画にて観賞
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 私自身が先日イタリアのトスカーナ地方を訪れたために、何となく気になっていた映画です。

 あまり評価の高い作品ではないようですが、イタリアを「ちょっと覗いてきた程度に」知っている私には、なかなか楽しめました。

 当然ですが、この作品にはアメリカ人のイタリア観が大いに反映されています。いや、むしろイタリアへの憧れが大いに反映されていると言ったほうがいいかもしれない。

 主人公の女性は、「作家兼批評家」という特殊な立場の人ですが、仕事を離れれば現代アメリカ人女性の一典型と言っていいでしょう。
 社会的に自立した強い女性である反面、夫の浮気で離婚、家族はおらず孤独感にさいなまれているのです。

 対するイタリアは、何よりも家族を大事にし、人と人との繋がりが緊密な社会。主人公の女性がそのイタリアの社会に入っていくなかで立ち直っていく姿は、きっと大いにアメリカの女性たちの共感を呼んだのでしょうね。

 ただ残念なのは、主人公の女性のイタリアとの繋がりが、「男との繋がり」を中心に描かれてしまったこと。それも、結局はアメリカから来た若い作家と落ち着くという、何だか腑に落ちない結末なのです。

 若くない女性を主人公にしているのだから、恋愛ばっかり描かないで、恋愛感情の無い関係を中心に描いていけばよかったのに、と思います。

 例えばポーランド移民の青年・パベルや文学者たちのエピソードはなかなか興味深かったのに、あくまでお飾り程度にしか描かれなかったのはとても残念です。

 結婚に絶望して、異国で再出発を期した女性の物語なのだから、もっと深く人生を見つめるような視点で描いてほしかったのです。

 それと、トスカーナの風景の美しさがあまり描ききれていないですね。「なぜトスカーナが楽園なのか」という大事なポイントが、説得力を持って描かれていません。

 それなのに何だか妙に気に入ってしまったのだから不思議なものです。きっとこの作品全体に流れるイタリアへの憧れが、きっと私自身にもあるからなのでしょう。

 作品中、主人公は「イタリア人は楽しむということを知っている」と言っているが、まさにその通り。そのライフスタイルに、日本人である私も憧れてしまうのです。
 というわけで、内容は薄っぺらいとは思うものの、楽しめる一作ではありました。

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スイミングプール
2003年 フランス・イギリス合作
テレビ録画にて観賞
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 「まぼろし」「八人の女たち」のフランソワ・オゾン監督作品です。

 才気溢れる若き映画作家であるオゾン監督らしく、甘美で官能的な世界が描かれています。

 シャーロット・ランプリングとリュディヴィーヌ・サニエという、オゾン映画ではお馴染みの二人が披露している肉体の美しさが、この作品の魅力の一つです。
 特に、60歳近いはずのシャーロット・ランプリングの引き締まった肉体の美しさは驚異的。しつこいくらいに披露されるサニエの肉体も、あの唐突に突きつけられた裸体の前に霞んでしまいました。

 この作品は、「ラストシーンの驚くべきどんでん返し」というのが触れ込みの、ミステリー要素の強い作品だったらしいですね。
 事前にそれを知っていれば、「ラストシーンでどうひっくり返るんだろう」と期待しながら、謎解きに熱中したでしょう。
 しかし、今回まったくそんなこと知りもしなかったので、ラストで唐突に意味不明なシーンが現れて、ただただポカ~ンとするばかりでした。

 あとで調べたところによれば、ラストの解釈は観客に委ねられているとのこと。
 「要するに全部サラ(ランプリング)の虚構の世界なんだ」という見方もあるようですが、私にはとてもそうは思えない。
 私には私なりの解釈がありますが、ちょっと単純すぎるので披露するのはやめておきます。

 この謎めいたラストシーンがあるおかげで、すっかりラストシーンの解釈ばかりが云々されてしまっていますが、この作品の魅力はラストシーンなどではないと思います。

 老境に差し掛かりつつある、ギスギスしたイギリス女そのもののランプリングと、やたらめったら肉欲の世界にのめりこんでいるサニエとが次第に接近していくさまが、とてもイイのです。特にランプリングの表情の移り変わりが、とても素晴らしいのです。

 この二人の女優の存在そのものが最大の魅力だと思います。他の作品でも明らかなように、オゾンの作品は女優たちの演技そのものが大きな魅力なのですから。
 むしろラストシーンは余計だったかもしれません。  

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少女の髪どめ
2001年 イラン映画
テレビ録画にて鑑賞
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 テヘランの建設現場で働く青年の、アフガン難民である少女への無償の愛の物語です。

 「無償の愛」なんて言うと、なんだかベタベタのメロドラマかと連想してしまいますが、これは厳格なイスラム国家であるイランの映画です。
 青年は間接的な形でしか自分の気持ちを表現できません。

 青年は、一年分の自分の給料を、少女が働かなくてもすむようにと、彼女の親に渡します。
 さらには、自分の宝物であるはずの身分証明証でさえ、闇市で売り払って金を作って渡してしまいます。
 とても美しい行為だとは思います。

 ただ、私はあまり素直に青年の行為を受け入れることができませんでした。
 と言うのは、当初女であることを隠していた少女のことを散々にいびっていたくせに、女であることがわかったとたんに、腫れ物に触れるような態度に変えてしまった青年の豹変ぶりが、とてもいやらしいように思えたからです。

 イランというイスラム国家で、未婚の男女が直接的なコミュニケーションを取ることができないというのはよくわかります。
 だから、青年がほとんどストーカーとさえ思えるほどのコソコソした行為に走るのは仕方がないのかもしれません。
 しかし一番気になるのは、青年の気持ちが本当に「恋愛」と言えるものなのか、それとも「オンナを手に入れたい」という欲望からくるものなのか、そこなです。

 イランという国で、恋愛というのがどういう形でなされているのかが、日本人の私にはさっぱりわかりません。
 だから、青年の気持ちが私たちの考える「恋愛」にあたるものなのか、そこが引っかかるのです。

 検閲の厳しいイランの映画ゆえ、こういう抑えた表現にならざるをえないのかもしれませんね。
 しかし、これでは非イスラムの人間である私は戸惑うだけなのです。
 せめて、少女が女だとわかったときの青年の心の変化をもっと丹念に描いてくれればよかったのに、と思います。
 でも、イラン映画にそれを求めるのは無理なのかもしれないですね。

 青年がまだ純朴な人間であれば、入っていけたかもしれません。
 しかし、彼はセコくて喧嘩っ早いだけのイヤな青年なのです。
 だからこそ、彼の行為が無償の恋愛だったのか、それとも欲しいものを手に入れるための投資だったのか、わからなくなってしまうのです。

 イランに住み細々と暮らすアフガン難民を描いているという点は、とても興味深いところです。
 マジッド・マジディ監督らしい映像も繊細で美しい。

 だからこそ、物語の軸となっている「無償の恋」がホンモノなのか疑わざるをえなかったのは残念です。

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美しい夏キリシマ
2002年 日本映画
テレビ録画にて観賞
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 1945年の夏、終戦間近の宮崎県・霧島地方。沖縄戦も失敗し、すわ九州に上陸かという切迫した時代を描いている。
 太平洋戦争を背景にしながらも、反戦や平和をテーマにしてはいない。あくまで、その時代に必死に生きる人たちを描くことに徹している。
 この作品は、黒木和雄監督の実体験に基づいて作られているらしい。康夫という少年は架空人物だが、かなり黒木監督自身の少年時代の姿が投影されていると思って間違いないだろう。

 実体験に基づいているだけあって、この作品はリアリティに溢れている。実際、できるだけ1945年夏当時の霧島地方そのままの姿を再現するよう、かなり細かいところまでこだわって演出しているらしい。

 言葉や服装や建物、その他諸々のモノを徹底的に再現した結果、私のような戦争を知らない世代にも、当時の生活の様子がリアルに感じられるのだ。

 この作品にはメッセージ性はまったくない。けれど、だからこそ私にとっては新鮮な作品だと思えた。

 少年・康夫を演じている柄本拓という少年は、俳優・柄本明の息子。父親譲りのボヤッとした存在感が、この作品の味かもしれない。原田芳雄や石田えり、香川照之といったアクの強い役者たちに囲まれたボヤッとした少年が、リアリティを生み出している気がした。
ショコラ
2000年 アメリカ映画
テレビ録画にて観賞
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 フランスのある小さな田舎町。カトリックの厳しい戒律を守りながら生きる人々の町に、北風に吹かれるようにしてある母娘が住み始める。
 この母娘が始めたチョコレート屋と、戒律と因習で村のモラルを守ろうとする村長の対立が描かれる。
 とは言え、監督はラッセ・ハルストレム。彼独特のファンタジックな世界になっている。

 フランスが舞台でありながら登場人物が皆英語で話しているというのは、アメリカ映画だから許容範囲か。しかし、アメリカ人がフランスを舞台にして、フランスの古い因習を攻撃しているというのは、ちょっと違和感がある。
 ただ、主な出演者は、ジョニー・デップを除き皆ヨーロッパ出身。監督のハルストレムも、スウェーデン出身。そのおかげか、「英語で語られる、古いフランス社会を攻撃しているアメリカ映画」でありながら、リアリティを失ってはいない。ハルストレム独特のファンタジー世界で仕上げているのも功を奏しているのだろう。

 しかし、結局は「古い因習=悪」で「自由な価値観=善」という、アメリカ的二項対立の価値観に陥ってると思う。無秩序でモラルの無い自由な社会の弊害が目立つ現代に、「自由な価値観=善」で押し切ってしまうのは、あまりに素朴すぎないか。

 と、不満はあるのだが、物語はなかなかおもしろい。ハルストレムのファンタジーに引き込まれてしまった。無性にチョコレートが食べたくなってしまう。
 なるほど、チョコレートは確かに魔性と言ってもいいくらいに人を惹きつける魅力があるかもしれないな、とチョコ大好きの私は納得した。

 娘のアヌークを演じていたのは、あのポネットちゃんだったと後で知った。そう言われてみれば、ポネットの面影がまるまる残っている。
 主役のジュリエット・ビノシュも、伯爵役のアルフレッド・モリーナも、ジョゼフィーヌ役のレナ・オリンも、婆さん役のジュディ・デンチも、そしてもちろんジョニー・デップも、皆とても魅力的だった。

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