読む映画
「感想」に毛の生えた程度のレビューをシコシコ書いています  ネタバレだらけなので、未見の方はご注意ください~
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友へ、チング
 いまノリにノってる韓国の作品。
 ノスタルジックな作品、という先入観をもって観たので、ホロホロ泣ける作品を期待していたのだが、ぜんぜん違うではないか。ヤクザがドツきあってるじゃないか。殺しあってるじゃないか。R-15指定に納得。

 ヤクザになったジュンソクと、エリートとして生きるサンテクの友情が柱なのかと思っていた。ラストシーンからしても、実際にそれを柱として作られているのかもしれない。が、しかし、ちょっとそのあたりはヌルい。

 エリート街道まっしぐらのサンテクの存在感が、あまりに薄い。そもそも、なんでジュンソクとサンテクがそこまで固い友情で結ばれているのか、説明が不足していると思う。サンテクという、ヤクザ社会とまったく縁のない人物の視点がないと、この作品はただのヤクザ映画になってしまう。だからもっとサンテクに存在感を持たせたほうがいいのになあ、と思った。

 しかし、それを補って余りあるのが、ジュンソク役のユ・オソンと、ジュンソクと敵対するヤクザになってしまうドンス役のチャン・ドンゴン。この二人の存在感は圧倒的で、この二人の演技を観るだけでも、いまの韓国映画の勢いを感じ取ることができる。それくらい素晴らしい。

 なかでも、ジュンソク役のユ・オソン。とびきりケンカが強くて、義理人情に厚くて、カッコイイ。それでいて、どうしようもない成り行きに深い悲しみを感じる、そんなジュンソクを見事に演じている。


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アモーレス・ペロス
 メキシコ発の、スタイリッシュな人間ドラマ。
 原題は、「イヌのような愛」というような意味らしい。その解釈は
観客それぞれにゆだねられるのだろう。

 冒頭で、「この作品では動物虐待はしておりません」といった
一文がデカデカと示される。無粋だなあ、とちょっと興ざめして
しまったが、観ているうちに納得。闘犬ではイヌが血みどろの
殺し合いをし、死んだイヌの姿が何度も映されるのだ。これじゃ
どこかの、それこそ無粋な動物愛護団体やらがクレームつけ
たがるだろう。

 個人的な話で恐縮だが、私は去年、夏休みを利用してメキシコを訪れた。メキシコシティにも何日か滞在したのだが、だからこそ、この作品のナマナマしさ、やるせなさが、痛いほどに伝わってきた。
 メキシコシティという街は、どうしようもなく混沌としている。アジアのカオス都市、インドのカルカッタやタイのバンコク、バングラデシュのダッカといった街に比肩するような混沌ぶりだった。むしろ、アジア的なウェットな感じがないぶん、激しい暴力や怒りといったものをそこここに感じさせる街だと言ってもいい。

 この作品は、そんなメキシコシティの混沌ぶりがよく描かれている。物語は3部構成のオムニバスで、複雑にからみあっている。その構成からして混沌ぶりをよくあらわしている。
 そして、第一部での下層社会の青年の物語と、第二部でのハイソな女優の物語は、メキシコ社会が貧富の差という面でも多面的であることをあらわしている。

 そんな混沌としたメキシコシティで、人はそれぞれ、苦しみ、悩みながら、愛を求める。痛いくらいに・・・。
 スタイリッシュでスピード感あふれる映像の連続で、いわゆる「シブヤ系」な雰囲気もかもし出す作品ではあるけど、決して薄っぺらくはない。むしろ、スタイリッシュな映像と、ドロドロとした「イヌような愛」を求める人たちの生き方のギャップが、またメキシコ的な混沌だったりする。
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カンダハール
 イランのマフマルバフ監督が、タリバン圧政下のアフガニスタンを描いた作品。
 この作品の面白いところは、イスラム国家イランの監督が、同じイスラム国家である隣国のアフガニスタンのタリバン政権を批判的に描いているところだ。
 タリバンというのが、いかにイスラムのなかでも異端視されていたのかがわかる。映画監督というのはインテリであり、西洋的な価値観も持ち合わせている(特にマフマルバフは)ために、必ずしも一般大衆の価値観を反映したものとは限らないということは考慮すべきだが。
 イランというと、映画に対する検閲の厳しさが有名だが、この作品が検閲をパスできたというのがおもしろい。もともとイランはタリバン政権とは仲が悪いためだろう。

 アメリカ在住のアフガン女性ジャーナリストが、アフガンに残した妹の安否を気遣ってアフガンに向かうという筋書きだが、これは主人公役ナファス役のニルファー・パズィラがマフマルバフに持ち込んだ話らしい。ニルファーはホンモノのジャーナリストで、実際にアフガンに向かおうとしていて、その道中をドキュメンタリーとして記録してほしいということだったというのだから驚く。さすがにそれではニルファーの身の安否が保証できないので、劇映画としてイラン国内で撮ったということになったということだ。
 
 この作品は、かの「アメリカ同時多発テロ」の影響で、作品そのものの評価とはまったく違う次元で、話題作となってしまった。連日、「カンダハルでは・・・」といった報道がなされていたのだから。
 そして、この作品の「話題作」ぶりには最大級のオマケがつく。出演者のハッサン・タンタイ(ブラック・ムスリムの医師役)が、実はアメリカでの   に関わったという事実が判明したためだ。

 ともあれ、個人的にはもっと早い時期に、この作品を観たかった。
 ブルカや神学校で象徴されるような、タリバンの原理主義的な圧政というのは、今では日本でも周知のこと。むしろこれから考えていかなくてはならないのは、「アメリカ=正義、イスラム=悪」ではない、ということだと私は思う。
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