読む映画
「感想」に毛の生えた程度のレビューをシコシコ書いています  ネタバレだらけなので、未見の方はご注意ください~
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父、帰る
2003年 ロシア映画
テレビ録画にて鑑賞
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 タイトルどおり、父が帰ってきます。

 12年間も家族と音信不通だった父親が、何の前触れもなく、唐突に帰宅。
 そして、父と2人の息子との、理由のわからない旅が始まります。

 とにかく何もかもが、理由のわからないことだらけ。
 父はなぜ12年間も留守にしていたのか。
 父はなぜ息子たちを旅に連れ出したのか。
 父はなぜ息子たちに辛く当たるのか。
 母はなぜそんな父親を受け入れているのか・・・。

 余計なこと、というより本来必要だと思われる情報さえ何も提示されないまま始まり終わってしまう、親子3人の不思議なロードムービーでした。

 ここまで観客側に情報を提示しない作り方というのは、当然監督の狙いがあってのことでしょう。
 どうとでも解釈しようのある、それがこの作品の味なのだと思います。

 ネット上の議論で、「父=神」なのだという解釈がありました。
 ソビエト時代の無神論から、再びロシア正教の価値観に戻されたロシアの人々。
 今さら何なんだ、というロシアの人たちの困惑が、息子2人の困惑に投影されているのではないか、というわけです。

 なるほどな、と思いました。
 でも私は、ちょっと角度を変えて考えてみました。
 ソビエト連邦崩壊という時代背景があるのは同じですが、神の存在うんぬんではなく、資本主義的な価値観に対する困惑が描かれているのではないのか、と考えたのです。
 12年間という父の不在期間が、それを象徴しているように思えます。
 この作品は2003年製作。その12年前というと、1991年。そう、ソビエト連邦崩壊の年です。
 この父親は、そんな時代の波に呑まれてしまった人なのではないでしょうか。旧体制側の人間として監獄にいたのかもしれません。あるいは、資本主義の潮流に乗ろうと、ダーティーな世界で暗躍していた人なのかもしれません。
 ソ連崩壊後、ロシアという国はあまりにも大きな激動を経験し、弱肉強食そのものの世界になってしまっています。

 そんな時代を経験した父は、世の中の厳しさ、汚さというのをイヤというほど知ってしまった。
 息子たちには、厳しい時代を生き抜くためのチカラを授けてやりたい。そんな思いから、父は息子たちに甘い顔を一切見せずにいたのではないかと考えたのです。

 もちろん、こんなのは解釈の一つにすぎません。
 他にいくらでも、この映画を観る切り口はあるでしょう。
 ちなみに監督自身は、「これは人間の魂の、母から父への、形而上学的な旅についての映画である」と語っていますが、キリスト教世界の外に生きる私たちには、わかったようでわからない説明ですね。

 私の解釈など、安易すぎるのかもしれません。
 でも、この映画を観る切り口はいくらでもあっていいのだと思います。

 監督はまた、「観客の心に傷を残したかった」と言っています。
 監督の思うとおり、この作品は何がしかの傷を観客に与えずにはいない作品です。

 主演の男の子(兄のほう)が公開後に溺死した、というオマケまでついた、なんだかとても心に刺さる作品でした。
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テーマ:映画感想 - ジャンル:映画

トーク・トゥ・ハー
2002年 スペイン映画
テレビ録画にて鑑賞
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 「オール・アバウト・マイ・マザー」のペドロ・アルモドバル監督作品。「オール・アバウト~」でも感じたのだが、私はこの監督の世界観には入っていけないらしい。

 昏睡する女2人と、それを見守り続ける男2人。なかでも、ダンサー・アリシアと、看護士・ベニグノという若い2人が中心に描かれる。このベニグノの歪んだ愛情がテーマになっていくのだが、そこにどうしても入っていけないのだ。

 確かにベニグノは、植物状態になったアリシアに対し無償の愛情を注ぎ続けてきた。生い立ちからくる彼のイノセントぶりには共感できる。
 しかし、たった一度きりの過ちとは言え、彼の犯した行為は絶対に許されるべきものではない。ベニグノの立場からすれば、狂おしいほど切ない思いがあるのはわかるのだが、アリシアの側からすれば、あまりにも身勝手な行為となる。
 アリシアにとっては、事故に遭う前に自分につきまとっていたストーカーまがいの男にレイプされたことになるのだから。

 こういう歪んだ形の愛情のあり方を否定するわけではない。でも、実際に行動に起こし肉体を傷つけてしまったことに対し共感はできないのだ。

テーマ:映画感想 - ジャンル:映画

パパは、出張中!
1985年 ユーゴスラビア映画
テレビ録画にて観賞
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 「アンダーグラウンド」「黒猫・白猫」といった、ぶっとんだ映像世界で名高いエミール・クストリッツァの初期作。
 正直、私はクストリッツァの作品が苦手。ユーゴ作品好きを自認していながらクストリッツァが苦手という、ちょっと恥ずかしい現状を何とかしたいと思い、比較的ぶっとんでいないと評判のこの作品に期待した。

 確かにぶっとんではいない。しかし、あまりに時代背景を捉えるのが難しすぎる。1950年代前後のユーゴスラビア、ソ連と袂をわかち独自の社会主義路線を歩んでいるというところまでは理解できる。
 しかし、なぜ「パパ」は逮捕されてしまったのか。結局は愛人の嫉妬というオチなのだが、その背景にある時代背景というか、逮捕のための大義名分が理解できない。私の理解力不足なのかもしれないが。

 英雄チトーが指導するユーゴスラビアの社会主義政策の暗部を抉り出した社会性の高い作品なのだろう。しかしそれを理解できたのは、結局ラスト近くだった。
 やはりクストリッツァの作品は苦手だなぁという思いを強くするのみだった。
 
グッバイ、レーニン!
2003年 ドイツ映画
テレビ録画にて観賞
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 1990年頃、ベルリンの壁崩壊直前の東ドイツ。
 心臓発作で倒れ、ドイツが統一されたことを知らない状態で意識を回復した母にショックを与えないため、息子は母の周りの世界をニセモノの東ドイツで塗り固めていく・・・。

 手放しで賞賛された東西ドイツの統合だが、市民一人一人の視点で見れば、悲喜こもごもの物語がある。価値観の激変についていけない人たちも当然いる。
 コメディタッチで軽い描写のなかにも、当時の東ドイツ社会の戸惑いがとてもよく描かれていると思う。

 まず、アイデアがとってもおもしろい。実際には劇的な変化の真っ最中にあるベルリンのなかで、母の知っている世界を創り続けるというのはとてつもない労力が必要。ウソのTV放送をビデオで製作するという手の込みよう。「何もそこまで」と考えたくなるところだが、「ショックを与えたら母は死んでしまう」と切迫した状況を作ることで、リアリティが生まれている。

 息子は、当初はあくまで「母のため」に架空の東ドイツ社会を創造しつづけたのだが、次第にそれは自分の中にある理想社会を体現させるものに変化していく。
 東ドイツに西ドイツのヒトやモノが増えたのは、西ドイツの腐敗した社会から逃げ出した人々が難民として入ってきたからであり、東西ドイツの統合は、あくまで東ドイツ主導で平和的に行われる。

 はっきりとは描かれていないが、そんな息子のウソを、母は途中から完全に見破っていたと思う。
 ラスト近くのシーン、東西ドイツの統合を映し出すニュース映像(ニセモノ)を眺めながら、母が息子を見つめながら「素晴らしいわ」と声をあげる。
 これは、東西ドイツが統合したことが「素晴らしい」と言いたかったのではなく、自分のためを思い架空の世界を創りつづけている息子の気持ちが「素晴らしい」と言いたかったんだと思う。母は息子の自分への愛に素直に感動していたのだ。
 母は、息子のウソに気づきながらも、気づいていないことを装ったまま死んでいく。息子の優しいウソに、母も優しいウソで応えたのだ。

 観た後にとてもやさしい気分になれた。下手をすれば「社会主義へのノスタルジー」と一蹴されかれないテーマの作品なのだが、あくまで物語の本筋を母と息子の愛情に置いていたのがよかった。
海を飛ぶ夢
2004年 スペイン・フランス・イタリア合作
TOHOシネマズ南大沢にて鑑賞
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 久しぶりに劇場で鑑賞。最近映画館になかなか足が向かなかったので公開作品のチェックすらまったくしていなかった。ゴールデンウィーク、久しぶりに映画館行くか~と公開作をチェックしてみたところ、かなり高評価の作品だったので、さっそく観に行くことにした。

 重い映画だというのはわかっていたものの、予想以上に重い作品だった。「尊厳死」という、とってもデリケートで難しいテーマを真正面から描いているのだから当然なのだが。

 若い頃の事故のために、30年近くも肢体不自由の体で生きてきたラモンは、「尊厳死」という選択を選ぼうとする。スペインでは尊厳死が認められていないため、裁判による法改正という大胆な手法で正々堂々と尊厳死を遂げようとしている。

 そんなラモンと、彼の周りの人々の心の葛藤がテーマになっている。ラモンの意思を尊重するのであれば、彼に尊厳死を遂げさせてあげるのが道理だろう。しかし、何十年もラモンを介護し、心の通じ合った家族たちが、「はい、そうですか」と簡単に尊厳死を受け入れられるはずもない。

 仮に自分の肉親が事故で肢体不自由となり、尊厳死を求めていたとしたらどうだろう。その生きる苦しみを理解できたとしても、やはり尊厳死というのは受け入れがたいことだと思う。

 ラモンの場合、四肢は不自由だが、頭脳は極めて明晰で、意志がしっかりとしている。そんな条件ですら、尊厳死を受け入れるのは難しい。
 先日アメリカで大騒ぎになった事例もあったが、本人が植物人間状態で意志を周りに伝えられないような状態であれば、なおのこと難しいだろう。
幸せになるためのイタリア語講座
2001年 デンマーク映画
テレビ録画にて観賞
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 先日、「しあわせな孤独」というデンマーク映画を観た。ずいぶんと地味な作品だったが、緻密な人物描写が印象的な作品だった。

 同じくデンマーク映画のこの作品、やはり地味ではあるものの、人物描写がとても緻密な作品だった。最近の私はオトナになったせいか(老けただけ?)、こういう作品にとても惹かれるようになった。

 登場人物たちは皆、人生があまりうまくいっていない。
 新任神父アンドレアスは、前任の神父の執拗な嫌がらせに遭っている。元サッカー選手のハルは、カッとしやすい性格が災いして仕事をクビになってしまう。ホテルマンのヨーゲンセンは、上司に命令され、親友のハルをクビにする役回り。美容師のカーレンは、アル中の母がカネをせびりにくるのにウンザリしている。パン屋のオリンピアは、病気の父の神経質さと過干渉にビクビクし、疲れきっている。

 そんな彼らが、市役所の「イタリア語講座」でつながり、徐々に連帯感や恋心も芽生えてくる。決して若くない彼ら、夢や希望をなかなか抱けない人生を送りながらも、「イタリア語講座」という非日常にいる時間だけ、少しだけ心を安らげることができる。
 そういう姿に、30代になってしまった私は共感を覚えるのかもしれない。

 人生って、楽しいこともあるけれど、辛いことも同じくらいある。人によっては、辛いことのほうがずっと多いのかもしれない。
 そんな人生のなかで、ささやかな幸せを大事にして生きていくことがどれだけ素晴らしいことか。そんなことを教えてくれる作品だった。
9000マイルの約束
2001年 ドイツ映画
テレビ録画にて観賞
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 第二次世界大戦後、ソビエトで抑留されたドイツ兵の物語。
 タイトルからある程度想像つくが、強制収容所に収容されたドイツ兵が脱走し、9000マイル(1万4000km以上!)も歩き通して、故郷へ帰るというとんでもない話。
 実際は途中イランへ渡り、空路ドイツへ帰ったようだが、とにかくシベリアを一人で歩き通したのは間違いない。

 改めて地球儀でシベリアを眺めてみたが、やはり途方も無く大きい。まず普通なら逃げることも考えないだろう。
 なにせ彼が収容されていたのは、シベリアの最東部、ベーリング海峡に近いデジネフ岬。とてつもなく広大なシベリアを延々と、それも凍て付く大平原をさまよい歩いてきたというのだから、ありえない。
 と言いたいところだが、実話らしい。

 ロードムービーとしても十分おもしろい。
 「ほんとかよ」と言いたいくらい、危機に陥ったときには現地の親切な人々に救われる。現地の人々との交流がまた、涙を誘う。

 「収容所から逃げてきた薄汚れたドイツ兵」というのは、現地の人々にとっては薄気味悪い人間のはず。本来ならまず関わりたくないだろう。

 それでも助けてくれたのは、彼らシベリアに住む人々、なかでも非ロシア人の人々は、ソビエトによる高圧的な支配に対する反感が根強くあるからなのだろう。
 ヤクーツクに住むモンゴル族(ヤクート人?)の人々の献身ぶりや、ポーランド系ユダヤ人(本来ドイツ人を殺したいほど憎んでいるはず)の複雑な心境が、とっても印象的だった。

 当時、スターリン政権下のソビエトがとんでもない国だったことがこの作品からも伺える。対戦直後にフランスからソビエトに移住した家族を描いた「イースト/ウェスト 遥かなる祖国」でも描かれていたが、こんなとんでもない圧制が公然と行われていたのが恐ろしい。

 一方で、彼らドイツ兵たちと同じ運命にあった、日本の「シベリア抑留兵」たちの苦しみにも思いをはせざるをえない。
 日本兵よりはるかに寒さに強いはずのドイツ兵でさえ、バタバタと凍死してゆく地獄の寒さ。劣悪な環境のなか、どれだけ深い絶望にあったことか。

 ともあれ、この映画の原作とやらをぜひ読んでみたい(邦訳されてるのかな)。また、日本のシベリア抑留兵の手記なども、読んでみたくなった。

 この手の辛い歴史は、あまり考えずに生きているほうが楽。
 それでもやはり、忘れるべきではないと思う。
 中国人に指摘されるまでもなく、日本人は歴史を忘れすぎる、と私も思う。
レボリューション6
2002年 ドイツ・アメリカ合作
テレビ録画にて観賞
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 80年代のベルリン、政府に対して抵抗運動を繰り広げていたアナーキストの若者たちが、当時仕掛けた爆弾が15年もの時を経て爆発してしまったのをきっかけに再結集する・・・。

 まったく共感不能な作品だった。
 言ってみれば、世の中のものすべてに反抗しようとするパンクロックの価値観に生きている連中であり、彼らの行動には大義や名分が汲み取れない。
 実際に当時ベルリンにいたアナーキストたちがどうだったかは知らないが、少なくともこの作品の主人公たちはただのイカレた連中に過ぎない。

 日本でも60年代から70年代にかけて、安保闘争をはじめとした学生運動があった。全共闘世代の子供世代にあたる私は、全共闘世代の人たちが語る「熱い時代」にウンザリし、「しょせん一種のブームだっただけだろ」という偏見を持っている。
 それでも、彼ら全共闘世代には大義名分が存在し、すべてではないにしろ、多くの若者が社会正義を真剣に考えていたことは否めないとも思っている。

 それに比べてこの作品の主人公たちは(時代背景がまったく違うから比較してもしかたないかもしれないが)、ただ遊んでいるだけ。とにかく反抗して、メチャメチャやっているヤツがかっこいい。そういう連中に過ぎない。

 スタイリッシュではあったし、人物の描写もなかなかおもしろかった。
 それでも観ていて反感を覚えるだけの作品だった。
ドッグヴィル
2003年 デンマーク映画
テレビ録画にて観賞
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 「ダンサー・イン・ザ・ダーク」で観客を不快にさせたラース・フォン・トリアーの作品。この作品も「ダンサー~」に負けず劣らず不快な作品となっている。

 とにかくこの人は人間の暗部を抉り出すのに熱心だ。この作品では、ニコール・キッドマン扮する美女がギャングに追われてやってきた村の人々の身勝手さを描いている。

 村の人々は、一見無垢なようだが、その実とても懐疑的で浅ましく、保身的で身勝手だ。確かに、そういった農村部の閉鎖性というのは実際に存在する。
 しかしそれを暴き立てるだけ暴き立てておいて、ケチョンケチョンにやっつけてしまうことに何の意味があるのか。観客の気持ちを逆なでする以上に何か意味があるのだろうか。
 ましてや、デンマーク人のトリアーが、わざわざ舞台をアメリカとしていることにも、何だかイヤらしさを感じてしまう。
 例えばインドやネパールなどで、その国の映画作家がこういったテーマの作品を描いた場合、社会性の高い作品として評価できるのだが、この作品の場合はただのゲームでしかない。

 この人の描く世界には反感を憶えるのみだ。ニコールが相変わらず怖いほど美しいこと以外に、この作品には何も見るものはなかった。奇抜なセットも、トリアー独特の語り口も、いくら斬新で優れていたとしても、もっと根源的な部分でこの作品を否定したい。

 しかし、トリアーは確信犯的に人に嫌悪感を抱かせる作品を創り続けているのだろうから、私もすっかりその術中にはまっているだけなのかもしれない。

 前日に観たデンマーク映画「しあわせな孤独」では、暖かい視線にすっかり魅了されてしまったが、この作品はそんな暖かさとは対極にある。この作品を「デンマーク映画」として評価することはやめたほうがいいのだろうが。 
戦場のフォトグラファー ジェームズ・ナクトウェイの世界
2002年 スイス映画
テレビ録画にて観賞
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 アメリカ人戦場カメラマン、ジェームズ・ナクトウェイを追ったドキュメンタリー。
 戦場カメラマンを題材にした映画というと、沢田教一の「SAWADA」や、一ノ瀬泰造の「地雷を踏んだらサヨウナラ」のようなヴェトナム戦争時代のカメラマンを連想するが、ナクトウェイは現代に生きるカメラマン。ここで出てくるのは、コソボやルワンダ、南アフリカやインドネシアといった、90年代に内戦や騒乱のあった地。ヴェトナムと違い、リアルタイムで報道に接していた戦場ばかりなので、とても生々しい。

 ナクトウェイの思慮深さと物静けさには驚かされる。
 戦場のジャーナリストというのは、この作品に出てくるロイターのカメラマンも吐露していたように、大多数は冷淡で功利的。人間的には鼻持ちならないような人が多いのが事実だと思う。所詮高みの見物なのだ。
 ナクトウェイは、実に静かに、一人戦場に飛び込んでいく。愛する人を失い悲嘆に暮れる人々に、手を伸ばせば触れられるような近さでシャッターを切り続ける。
 それは一種の冷酷な撮影マシーンのようにも見える。しかしナクトウェイは、撮影の対象とは事前に心を通わせるような努力を怠っていないのだ。撮影の対象となった人たちの信頼を勝ち得ているからこそ、ナクトウェイはあんな近さから、悲しみのほとばしるような写真を撮ることができたのだ。

 戦場で人間らしさを保ったままカメラマンとして存在しつづけるというのは、とても辛いことだろうと思う。冷酷に「オレは部外者だ」と言い捨て、助けを求める声に耳を貸さず、仕事と割り切るほうがはるかに楽なはず。
 しかしナクトウェイはそういうスタイルはとらない。
 インドネシアの騒乱でキリスト教徒のアンボン人がイスラム教徒の群集に殴る蹴るの暴行を受け今にも殺されようとしているとき、「この人を殺さないでくれ」と土下座して群集に懇願する。パレスチナの内戦では、パレスチナの群集に混じって銃撃を受け、催涙弾を浴びて苦しむ。
 彼は常に当事者の視点に立ち続ける。
 
 彼は常に人間らしい優しさを忘れない。戦場においても、「これは仕事だから」と割り切ることなどない。彼の物静かで古武士のような佇まいは、彼が目の当たりにしてきた現実を、逃げることなく受け止めてきたことをよく表しているように思えた。

 アメリカ人である彼の目に、イラク情勢はどう映っていたのだろうか。ぜひとも知りたいところだ。
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