読む映画
「感想」に毛の生えた程度のレビューをシコシコ書いています  ネタバレだらけなので、未見の方はご注意ください~
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ブラディ・サンデー
ブラディ・サンデー スペシャル・エディション ブラディ・サンデー スペシャル・エディション
ジェームズ・ネスビット (2005/10/21)
パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン

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2002年 イギリス・アイルランド合作
テレビ録画にて鑑賞
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 ブラディ・サンデー、つまり「血の日曜日」を描いたドキュメンタリータッチの作品です。
 「血の日曜日」というと、ロシア革命以前のロシア・サンクトペテルブルクで起こった事件を思い起こしますが、この映画の舞台はその「血の日曜日」ではありません。
 1972年1月、北アイルランドのデリーという街で起こった事件が舞台です。

 調べてみると、「血の日曜日」と呼ばれている事件は、たくさんあることがわかりました。
 古いほうから順に挙げると、1887年のロンドン、1900年の南アフリカ(ボーア戦争時)、1905年のサンクトペテルブルク、1913・1920年のダブリン、1939年のビドゴシチ(ポーランド)、1939年のワルシャワ、1965年のアメリカ、1972年のデリー(以上Wikipedia参照)。

 いろいろな背景があるのですが、多くはデモ行進に対する弾圧事件を指しているようです。
 この映画で描かれている北アイルランドのデリーでの事件も、やはりデモ行進に対する弾圧事件です。

 北アイルランドといえばIRA。カトリック系住民とプロテスタント系住民(および政府)との激しい対立、という構図があります。
 だから、IRA主体の激しい抗争に対する弾圧なのかな、と思ってしまいがちですが、どうもそうではなさそうなのです。

 アメリカの公民権運動の影響を受けた、極めて平和的なデモ行進に対しての、無差別発砲事件。そんな酷いことがどうして起こったのかを描いているのです。

 この映画を観てまず感じたことは、イギリス国軍側の緊張感の過大さです。まるで戦争の最前線にいるかのような緊迫感・高揚感を兵士たちは感じていて、若者たちからの投石を受けながら、上層部からの指示を今か今かと待ち望んでいる。
 そして、反撃開始の指示を受けるやいなや、千切れんばかりに伸びきったゴムのように、一気に進軍。「後追いをするな」との指示があったにも関わらず、「相手が銃撃している」と思い込み、丸腰の市民を次々に虐殺する。

 とうてい許されることではありません。しかし、IRAという武装勢力が紛れ込んでいる街の最前線で体を張っている兵士が暴発するのは、理解できないことではありません。
 問題は、本来戦争の最前線にいるはずのエリート部隊であるパラシュート部隊が、なぜデモ行進と対峙する配置をされていたのか。なぜそんな部隊に、進軍の指示を出したのか、というところでしょう。

 イギリスという国は、こういった問題には極めて対処が上手いと思っていたのですが、こんな大きな過ちを、しかも1970年代に起こしていたとは、驚きでした。

 案の定、この「血の日曜日」事件はIRAのテロ活動が市民に受け入れられる素地を作ったようです。
 丸腰の市民、多くは10代の若者たちが、エリート兵士たちによって目の前で虐殺されたのですから、「暴力には暴力で」という方向に向かって当然です。

 イギリスらしいやり方で、カトリックの公民権運動に対処していれば、今日まで続くIRAとの泥沼の戦いはなかったのではないでしょうか。
 少なくとも、デモの主導者である国会議員(プロテスタント系)は、本気で平和的に解決する方法を模索していた。
 その動きをつぶして、IRAの勢力増長を助けてしまった、大きな分岐点になったようです。

 ドキュメンタリータッチの社会派映画なので、娯楽性には乏しい作品です。しかし、北アイルランドの紛争がなぜ今まで延々と泥沼化してきたのか、ということを知るためにはとてもいい映画でした。

 エンドロールで、裁判では軍隊の行為が正当化されたこと、発砲した兵士たちが誰も処罰されなかったこと、指揮した士官たちが女王から叙勲を受けたことなどを指摘しています。また、作中でも士官に「首相は”暴動はもううんざりだ”と言っている」と言わせ、首相の意向をくんで士官たちが動いたことを示唆するなど、メッセージ性の極めて高い作品でした。
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テーマ:映画感想 - ジャンル:映画

カレンダーガールズ
2003年 イギリス映画
テレビ録画にて鑑賞
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 夫を病気で亡くした友人の心を慰めるために、中高年の女性たちが自分たちのヌード写真入りのカレンダーを発行するというお話。
 とても奇抜な話に思えるけれど、実話ベースらしいです。

 50代から60代と思われる女性たちのヌードということで、観るのにちょっと勇気が必要でしたが、意外にも(失礼かな)美しいヌードで、ホッとしました。
 ヌードと言っても、大事なところは隠したセミヌードなんですよね。

 イギリス映画、ヌード、中年、というキーワードから、R・カーライル主演の「フル・モンティ」を連想してしまいました。
 「フル・モンティ」は、工場の閉鎖で失業してしまったオジサンたちが、生活のために男性ストリップショーをやるという話です。
 コメディタッチではありながらも、生活苦がベースになった物悲しさの残る作品でした。

 一方この作品は、「フル・モンティ」に比べるとずいぶんとアッケラカンとしています。

 90年代のまだ不況だった頃のイギリスで作られた「フル・モンティ」と、不況を脱して元気になったイギリスで作られたこの作品とでは、やはり時代背景が違うんでしょうね。

 個人的には、オジサンたちの物悲しさが印象的だった「フル・モンティ」のほうが好きです。


 先日、TBSの「世界ウルルン滞在記」で、上原さくらがイギリスでヌードカレンダーを作るというシーンを見ました。
 これは、狂牛病騒動ですっかり景気の悪くなった酪農家のオジサンやオバサンたちが、少しでも収入を得るためにヌードカレンダーを作るというものでした。
 これって、きっとこの映画(あるいはベースとなった実話)にヒントを得たアイデアなんでしょうね。
 面白いアイデアではあるのだけど、あまり乱発されるとちょっと食傷してしまいますね。

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ティム・バートンのコープスブライド
2005年 イギリス映画
TOHOシネマズ南大沢にて鑑賞
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 妙な顔したキャラクターのアニメだなぁという程度の認識でしたが、レビューサイトでなかなか好評だったので観てみました。

 コープスというのは「死体」ということなんですね。
 結婚間近の花婿が、死体とムリヤリ結婚させられそうになるという、かなり悪趣味な設定です。
 花嫁は目玉がポンと飛び出して中から蛆虫が出てくるし、バーのマスターは頭だけの姿だし、よくよく考えれば気持ち悪い死体のオンパレードなのです。

 でも、その気持ち悪い世界をファンタジー溢れる世界に転化して感動させてくれるのが、ティム・バートンの凄さでしょう。

 ストーリーは特別ひねったところもなく、先もある程度読めてしまいましたが、それでも十分に楽しめました。
 ほぼ同時期に上映されていた「チャーリーとチョコレート工場」よりもこちらのほうが、ずっとティム・バートンらしくて、私は好きです。 

テーマ:映画感想 - ジャンル:映画

マグダレンの祈り
2002年 イギリス・アイルランド合作
テレビ録画にて観賞
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 1960年代のアイルランド。三人の少女が「性的に堕落している」との理由でマグダレン修道院に収容される。
 「従兄弟にレイプされた」「男を誘惑する色気がある」「私生児を産んだ」というのが、「性的に堕落している」ことになるらしい。

 援助交際や少女売春といった、際限なく性的に堕落してしまっている連中が少なくない現代の日本では、性のモラルの問題は真剣に考えなくてはならない。だけどこの作品での「性的に堕落している」というのはまったく別次元の話。

 何より恐ろしいのは、その少女たちを親らが突き放し、修道院送りにしている点。敬虔なカトリック信者たちにとっては、女性の貞操は何よりも尊いもので、不貞な女性は汚らわしく、一族の恥以外のなにものでもなかったということだろう。

 この作品によると、このマグダレン修道院のような、女性を監禁する施設が、なんと1996年までアイルランドに存在していたらしい。決して大昔の出来事ではない。

 アイルランドではもうこんな酷いことは行われていないのだろうけど、世界中にはまだまだこういった女性差別が公然と行われている地域がある。この作品で描かれていたことは決して一部の特殊なものではない、ということを私たちは知っておいたほうがいいと思う。

 私はまったく信仰心の篤さとは縁が無い。それでも、外国を訪れたときに信仰心の篤い人々の姿を目にすると、その生き方や人間性には敬意を感じることも多い。特にイスラム教徒の心の穏やかさには感動をおぼえることもある。
 自分の信仰心の薄さが恥ずかしくなったりもする。

 一方で、「文化の多様性」という面からも、地域に根付く文化や習慣というのは極力尊重されるべきだと思う。
 地域の文化・習慣と、こういった差別というのは、表裏一体。人間の尊厳を奪うようなものは絶対に許されるべきではないけれど、それをどこで線引きすればいいのか。

 それを考えるべきなのは、そこに住む人々。例えば、この作品の主人公らが理不尽さを訴え、その訴えを地域社会が汲み取ることで変わっていくべきなのだろう。
イン・ディス・ワールド
2002年 イギリス映画
テレビ録画にて鑑賞
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 イギリスを代表するマルチ映画作家、マイケル・ウィンターボトムの作品。

 節操が無い、とさえ感じるほど、いろんなテーマの作品に挑戦しているウィンターボトム。この作品は、パキスタンに住むアフガン難民が陸路でロンドンを目指すという物語。ボスニア紛争を舞台にした「ウェルカム・トゥ・サラエボ」(1997)と同様、紛争地域に住む人を描いている。ただ、「ウェルカム~」があくまでイギリス人ジャーナリストを主人公にした作品だったのに対し、この作品はアフガン難民自体を延々追いかけているという点で、アプローチの仕方に違いがある。

 「ウェルカム~」では、しょせん先進国の人間の視点に過ぎず、悪く言えば偽善的な視点だとすら感じた。今作も、やはりイギリス人監督が描く、ヨソモノの視点の中東世界に過ぎないという限界は感じるのだが、言ってみれば主人公のアフガン難民らも、イランやトルコといった国々ではヨソモノ。主人公らが各地で感じる不安や恐怖は、ヨーロッパ世界に住む人々が中東世界を這うように旅したときに感じる不安や恐怖と、それほど違いはないのかもしれない。
 もちろん、彼ら難民たちは捕まったら命の保証は無いというギリギリの旅をしているのだから、切迫感に違いはある。だけど、言葉が通じない世界で、待ち受けるペテン師や高圧的な警官といった連中にある程度身を委ねざるを得ないという点では同じと言える。
 そういう意味で、今回のアプローチの仕方は上手いと思った。

 彼らが命を賭けてまで不法入国をしようとするのはなぜか。先進国に住む私たちは、不法入国者を「カネ儲けのために入国しようとするけしからん連中」という予断をもってはいないだろうか。
 「カネ」も確かに重要な要素ではあるだろう。しかしそれ以上に、夢を持つことのできない現状から抜け出すために、彼らは命を賭けている。少なくとも、アフガン難民という立場にいる彼らは、そうだっただろう。

 この作品を観て、先進国に住む私が「感動する」ことはできなかった。この世界の不平等さを突きつけれられ、ただ動揺するしかなかった。
モーターサイクル・ダイアリーズ
2004年 イギリス・アメリカ合作
恵比寿ガーデンシネマにて鑑賞
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 キューバ革命の英雄、チェ・ゲバラの若き日々の貧乏旅行を描いたロード・ムービー。私はロード・ムービーが大好きなので、この作品にはすっかり魅了されてしまった。

 ゲバラと言えば、もはや「神」とも言える存在で、ラテンアメリカの精神的支柱と言ってもいいような人物。まず、そんなゲバラを描こうとした監督のウォルター・サエスや、主演のガエル・ガルシア・ベルナールに敬意を表したい。
 また、プロデューサーであるレッドフォードの、アメリカ人離れした見識の広さにも、敬意を表したい。

 ゲバラが実に人間臭く、生き生きと描かれているのがいい。
 若く、好奇心と行動力は人並み外れて強かったとは言え、英雄でも何でもない一人の若者に過ぎなかったゲバラが、長い旅を通じて何を感じ、何を心に刻んできたのかが、丁寧に描かれている。

 この作品でのゲバラは、喘息持ちで、ダンスは(ラテンアメリカの人間のくせに)全くダメ、と意外な一面を持っていたことが描かれていて、親近感を抱かせてくれる。
 しかしその一方で、とにかくバカ正直で、嘘をつくことができなくて、そして何より愛情に満ち溢れていて、誰よりも勇気がある。そんな、敬意と親しみを同時に憶えずにはいられないような愛すべきゲバラを、ガエルが素晴しい演技で表現していた。
 強さ、知性、繊細さ、愛らしさを兼ね備えたガエル無くして、この作品は無かったかもしれない。

 相棒のアルベルトを演じたロドリゴ・デ・ラ・セルナも素晴しい。口が達者で、一見軽薄でありながら、知性も垣間見せるような難しい役柄を、見事に演じていた。

 かつてバックパッカーだった私としては、2人が1950年代に行ったこの貧乏旅行は、とても興味深い。パタゴニアの寒風吹き荒れる大平原に野宿し、吹雪のアンデスを越える。
 それをポンコツバイクに荷物を満載して、何度も何度も転倒し、壊れた部品をハリガネで固定したりしながら、常にヒヤヒヤ状態で旅をしていたのだから、これはもう無謀以外の何物でもない。吹雪くアンデスを、壊れたバイクを押し上げながら進んでいたなんて・・・。

 結局途中でバイクはオシャカになってしまい、徒歩とヒッチハイクで進んでいくことになる。「モーターサイクル・ダイアリーズ」なのに、モーターサイクルを失ってからの旅の方が面白かったりする。
 実際、バイクで(ポンコツで極めて遅いとは言え)風景をすっ飛ばしながら進むのは爽快かもしれないが、そこには出会いは生まれにくい。実際、バイクにまたがっていた頃の彼らは、ヤンチャである意味タチの悪い旅人に過ぎなかったように思える。旅先で出会う人たちも、胡散臭い目で彼らを見ていただろう。
 徒歩で歩くようになって初めて、彼らは現地の人々の視線で物を見ることができるようになった。アルゼンチンの裕福な家庭のオボッチャンだった彼らが、チリ・ボリビア・ペルーといった国々で不条理な世界、つまり善良な多くの人たちが一部の資本家たちに搾取され苦しんでいるという世界を目の当たりにしえたのも、地を這うように歩いたが故だったと思う。

 多感なゲバラはこの旅でいやというほど多くのことを感じたのだろう。旅の終わりの頃、ハンセン病施設で自分の誕生日のパーティで、「南米大陸を統一しよう」なんてスピーチを唐突にぶってしまうあたりが、この青年の純朴さ、誠実さを表していると同時に、英雄となった彼の資質を表している。そして、これがこの作品のクライマックスであり、「稀代の革命家・ゲバラ」が誕生した瞬間だったと言えるだろう。

 ロード・ムービーとして純粋に楽しい作品であると同時に、ゲバラという人物が形成されてきた過程の一部を知ることができるという、最高の作品だった。

 いわゆる全共闘世代の人たちがノスタルジーを求めて観に来てたりするのかな、なんて思ったが、ガーデンシネマの観客はほとんどが若者だった。ゲバラという人物を色眼鏡無しで見られるのはいいことかもしれないが、一方でこの作品だけでゲバラという人物を評価してしまうのは危険な気もした。


ディープ・ブルー
2003年 イギリス・ドイツ合作
TOHOシネマズ南大沢にて鑑賞
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 イギリスBBC製作の、海中の世界を描いた作品。少し前に公開された「WATARIDORI」を思い起こさせる作品でもある。

 子供の頃から「野生の王国」「わくわく動物ランド」なんてテレビ番組が大好きで、今でも「動物奇想天外」が大好きだったりする私にとって、この作品で描かれている世界は、いつかどこかで似たようなものを目にしたことがあった。それでも、シャチが捕らえたアザラシを空中多角何度も放り投げるシーン、魚の群れを追う鳥が海中に突入して潜水したままずっと魚を追うシーン、得体の知れない深海生物がレーザービームのようなものを何度も放出するシーンなど、「冗談だろ」と言いたくなるくらい信じられないシーンがいくつもあった。

 また、ペンギンが海中からロケットのように地上へ飛び出してくるシーン、浜辺のカニがミステリーサークルのようなものを作っているシーン、イワシの群れが外敵に遭遇し、まるで大きな1個の生物のように形を変えていくシーンなど、今まで何度も目にしている映像であるにも関わらず、撮影があまりにも素晴しいために感動を誘うシーンも数多くあった。

 やはり映画として時間と労力を結集し、作られただけあって、完成度はとても高いと思う。映像の力というものを改めて感じさせてくれる。それも、「WATARIDORI」とは違い、やらせが一切無い映像なのだから。

 やはりこういう作品は大きなスクリーンで観るに限る、と言いたいところだが、これだけ家庭のTVが巨大化してきた昨今にあっては、「やはりこういう作品は家庭でDVDを観るに限る」ってことになるのかもしれない。DVD化されたら、ぜひまた観てみたい作品だ。


ベッカムに恋して
 このタイトルを見て「いい作品」を予感するような人はなかなかいないだろう。ベッカム人気に便乗したチョロっぽい作品だと思うのが普通なのではないか。

 ところがこれがなかなかに評判が良い。予告編を観る限りでも、「もしかしたら面白いのじゃないか」と思わせるものがあった。そして、実際、とても面白かった。

 この作品の原題は、「Bend it like Beckham」。つまり、「ベッカムのように曲げろ」ってこと。主人公の女の子は、ベッカムに憧れているのは確かなのだが、世のチョロっぽい女の子とは一線を画し、あくまでサッカー選手として尊敬しているのだ。「恋して」というのとはちょっと違うのではないか。

 安易な邦題のおかげでこの作品は損をしていると思う。イギリスではかなりヒットしたとのことなのに、私が観に行ったのは土曜日の昼過ぎだったにも関わらず、客足は伸びない。興行的には失敗に終わったと言っていいだろう。

 イギリスに住むインド系の女の子が、サッカー選手として生きていきたい、という夢を追いかける物語。
 女性がサッカーをすることに対する偏見があり、インドの女性がスポーツをすること自体に対するインド人たちの偏見があり、インド人とイギリス人が結ばれることに対する偏見もある。そんなイギリス社会の内面を描いており、社会性はかなり高い作品なのだが、お年頃のカワイイ女の子を主人公に据え、サッカーというスポーツを通じて描いているおかげで、とっても爽やかな気分で観ることができる。

 イギリス社会のなかでのインド人社会のあり方を窺い知ることもできる。特に、子供の学歴・学力に対する過剰なまでの熱の入り方は、インド人たちの上昇志向の高さを感じさせる。インド人や中国人がアメリカやヨーロッパで知的階級として大きな力を持ち始めているのは、彼ら民族独特の上昇志向によるものなのだと思う。

 主人公の女の子は、何度も壁にぶつかりながらも、最後は自分の力でチャンスを勝ち取り、家族の協力も勝ち取り、夢に挑戦ンにつづける。重いテーマを孕みながら、しかし徹頭徹尾爽やかな作品なのだ。がんばらなきゃな、と勇気を与えてくれる。
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チキンラン
 「ウォレスとグルミット」のスタッフによるアニメ第2弾。養鶏場のニワトリたちの脱走劇。
 映像の奇抜さ、オモシロさはさすが。職人芸の世界だ。でも、ちょっとストーリーが単純すぎる。それに、肝心のニワトリたちがイマイチかわいくないのが致命的。
[チキンラン]の続きを読む
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