読む映画
「感想」に毛の生えた程度のレビューをシコシコ書いています  ネタバレだらけなので、未見の方はご注意ください~
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奇跡の人
奇跡の人 奇跡の人
アン・バンクロフト、パティ・デューク 他 (2005/12/09)
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン

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1962年 アメリカ映画
テレビ録画にて鑑賞
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 誰もが一度は目にしたことのある、ヘレン・ケラーとサリヴァン先生のお話。私も、小学校とか中学校とかで何度もこの話を聞かされた覚えがあります。

 「奇跡の人」というタイトルは、目・耳・声の三重苦を克服したヘレン・ケラーを指すのではなく、その三重苦を克服させるという奇跡を起こしたサリヴァン先生を指すようです。

 確かに、サリヴァン先生の献身的で辛抱強い指導は感動的で、奇跡的です。本当に素晴らしい話だと思います。

 でも一方で、こういった誰もが知っている「偉人伝」なのだから、通り一遍の演出ではちょっと物足りないのも事実。

 ヘレン・ケラーという人物は、ただの「3重苦を克服した人」ではありません。3重苦を背負いながら、かなり先進的な政治活動を行った人です。

 男女同権、人種差別反対、死刑制度反対といった、20世紀初頭のアメリカとしては「過激」と言ってもいい思想の持ち主だったのです。
 そして、ただ思想として持っていただけではなく、あくまで行動する人だった。

 暗闇の世界で生きていながら、当時としては最先端の過激な思想の持ち主だったヘレン・ケラー。
 アラバマというディープ・サウスの、それも大地主の娘という環境に生まれ育っていることを考えると、自らの環境をすべて否定するかのような思想だったと言ってもいいでしょう。
 その彼女を、生涯に渡って支え続けたのがサリヴァン先生なのです。彼女にずっと寄り添っていたサリヴァン先生が、彼女の思想形成に果たした役割は甚大なはず。
 どうせ描くなら、そこまで描ききってほしいと思ってしまいました。

 ただ、1962年という公開年を考慮すると、そこまで求めるのは酷かもしれない。
 第一、この映画は元々舞台作品で、監督・キャスト・スタッフをほとんど変えないで映画化したものだとのこと。
 「ヘレン・ケラーとサリヴァン先生の奇跡のお話」として完結してしまうのも無理は無いですね。もちろん、それだけでも十分に価値はありますし。

 でも、例えばラストの井戸のシーン、ヘレンが「ウォーアー」って発声するシーンなんかも、実は脚色らしい。あまり忠実に史実に基づかない、脚色過多の作品であることは疑いようがないでしょう。

 美化されていないヘレン・ケラーの、あるいはサリヴァン先生の映画を観てみたい。
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恋人までの距離<ディスタンス>
 
ビフォア・サンライズ 恋人までの距離 ビフォア・サンライズ 恋人までの距離
イーサン・ホーク (2006/07/14)
ワーナー・ホーム・ビデオ

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1995年 アメリカ映画
テレビ録画にて鑑賞
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 ラブロマンスが苦手な私ですが、レビューサイト等で非常に評価が高かったので、観てみました。

 アメリカ人の青年とフランス人の少女(といっても20代?「青年」に呼応するいい表現って無いものなのかな)とが、ヨーロッパの列車のなかで偶然出会い、たった一日を過ごす。
 出来過ぎの設定と感じる向きもあるかもしれませんが、20代の若い二人なら、十分にありえる話。
 二人で街に降りるというところが大きなポイントですが、二人の心の動きがちゃんと描かれていて、不自然さはありませんでした。

 降りた街がウィーンだってのもイイですね。ロマンティックな日常風景を背景に、二人だけの一日が延々と描かれていきます。
 ウィーンという魅力的な街なのに、二人にはお互いのことしか見えていない。でも、それがよかった。
 二人とも、美男美女ではあるんだけど、浮世離れした美男美女ではなく、街にいくらでもいそうなカップルに見えたのも、よかった。

 二人は延々と、ほんとに延々と話し続けます。それは、翌朝には別れなくてはいけないということを知っているから。
 お互いのことをもっとよく知るために、自分のことを知ってもらうために、ほんとにこの二人はよくしゃべります。

 そして、その会話の内容が、他愛の無いことではなくて、ちょっと知的な会話だったりします。
 世界について、人生について、二人は熱っぽく語ります。
 日本の街角で若い男女二人がこんな会話をしていれば、きっと「オタク臭え」と毛嫌いされてしまうでしょう。日本映画でこういう演出があったとしても、きっと「ウソ臭え」と一蹴されてしまうでしょう。

 でも、この二人の会話は自然に受け入れられてしまう。日本と欧米の文化の違いなのでしょうか。
 あるいは、ウィーンという舞台装置が効果的なのかもしれません。ロサンゼルスやらシカゴやらだと、やっぱり浮いた二人になってしまうでしょうし。

 二人の会話についていくのには苦労しましたが、静かで自然体な、いいラブストーリーでした。
 

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サイドウェイ
サイドウェイ〈特別編〉 サイドウェイ〈特別編〉
ポール・ジアマッティ (2006/01/13)
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2004年 アメリカ・ハンガリー合作
テレビ録画にて鑑賞
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 妻に逃げられたサエない男のお話。
 アメリカ映画らしからぬ抑えた演出は好感が持てます。でも、ちょっと主演のマイルスに魅力が無さすぎ。
 サエない男という設定はいいとしても、イジけてばかりで不貞腐れてばっかりいて、イタすぎる。
 延々と不貞腐れた顔ばかり見せられると、ちょっとげんなりします。

 マヤという、知的でキレイな女性と知り合って、いい関係になるのですが、マヤがマイルスを好きになるのが嘘くさい。
 ルックスも中身もサエない、ワインのウンチクばかり語りたがる男って、仮に作家だと騙されていたとしても、惚れたりするものなのかなぁと疑問を感じてしまいました。

 ワイン通で知的なところをアピールできていればいいのだろうけど、自分の気に入らないワインをあからさまに罵倒してみたりする、オトナになりきれていない姿ばかり見せていたのだから・・・。

 こういう、さり気ない演出の映画は好きなほうなのですが、マイルスのダメさ加減にうんざりするばかりの作品でした。
 マイルスと、親友のジャックとの関係は良かったんですけどね。

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革命児サパタ
1951年 アメリカ映画
テレビ録画にて鑑賞
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 メキシコ革命の英雄エミリアーノ・サパタの生涯を描いた作品。
 私はメキシコを二度ほど訪れたことがあるので、サパタやパンチョ・ビリャの名前くらいは知っていました。
 とは言えメキシコ革命のことを詳しく知っているわけではないので、少々消化不良。
 歴史を描くというよりも、「サパタ」という一人物の姿を描くことに主眼が置かれていたようなので、仕方のないことでしょうが。

 サパタはいったい何のために戦っていたのか。
 「農民が土地を取り戻すため」という表現で説明されていましたが、これってちょっとしたゴマカシがあるように思えました。その点が最初から最後まで気になって仕方がなかったのです。
 と言うのも、メキシコ革命を描くのならば、「先住民の戦い」という視点を欠かしてはいけないはず。先住民が不当に土地を接収され、それを奪還しようとする戦いであったはずなのに、「先住民」「インディヘナ(インディオ)」という表現の代わりに「農民」とのみ表現していたのは、ゴマカシだと思います。

 これはアメリカ映画の限界なのでしょう。アメリカという国も、先住民の土地を不当に接収した移民たちが建国した不当な国家であるという生い立ちを持つのですから。
 だからサパタの戦いは、「農民のため」であって、「先住民の権利のため」とはアメリカ映画では表現できないのでしょう。

 監督のエリア・カザンは元共産党員。先住民の権利闘争の意義くらいは当然理解している人のはずなのですが、この映画が作られた1952年というのは、いわゆる「赤狩り」の最盛期。
 カザンは共産党員の嫌疑をかけられ、保身ためにダシール・ハメットら仲間の文化人たちを政府に密告したという、裏切り行為をしていた時代です。
 そんな時代のカザンが、先住民の権利闘争を正面切って描けるはずもないんですよね。

 だったらどうして、カザンは「メキシコ革命」という、彼にとってはキワドいテーマを描こうとしたのでしょう。
 「共産主義への批判のメッセージを込めた」という見方もあるようですが、私にはそれが読み取れなかった。

 いずれにせよ、「転向」したカザンが「革命」を描いたこの作品は、どうにも中途半端なものにしか思えませんでした。
ビッグ・フィッシュ
2003年 アメリカ映画
テレビ録画にて鑑賞
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 死に瀕した父親を理解するために、息子が父の生涯を追いかけようとする。
 ティム・バートンらしくもない設定ですが、映像はやはりティム・バートン。
 空想の世界に生きた父親のキャラクターも、やはりティム・バートンならでは。

 でも、なんだか退屈でした。
 ユアン・マクレガー演じる、若い頃の(空想の混じった世界の)父親はとってもチャーミングでした。
 その一方で、年老いてなおホラ話ばかりしている父親に、あまり共感を覚えなかったからかもしれません。

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ミュンヘン
2005年 アメリカ映画
立川シネマシティにて鑑賞
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 ユダヤ人であるスピルバーグが描いた問題作。
 ミュンヘンオリンピックでのイスラエル選手団殺害事件、いわゆる「ブラック・セプテンバー事件」が題材。
 しかし、描写の大半は、この事件そのものではなく、その後のイスラエルによるパレスチナテロリスト暗殺についてです。

 スピルバーグは、この映画を公開したことで、アメリカのユダヤ人社会では散々に非難されています。
 「パレスチナのテロリストを人間的に描きすぎている」と。

 これはスピルバーグの思惑どおり、想定内の反応でしょう。
 スピルバーグはあえてパレスチナのテロリストを人間臭く描いたのでしょう。同時に、イスラエルの暗殺団も、とても平凡で人間臭く描かれています。

 そのおかげで、イスラエルによる報復行為が、とても愚かしく感じられるのです。

 スピルバーグが社会性の高い作品を描くとき、私がいつも脱帽するのは徹底したリアリズムへのこだわりです。
「プライベート・ライアン」がその最たるものでしょう。「戦場」を即物的に描ききることで、戦場の恐ろしさが迫ってくるように思えました。オマハビーチの上陸作戦で感じた恐怖、街中の白兵戦で突如戦車が地響きを轟かせて現れたときの恐怖は、今でも忘れることはできません。

 この作品でもリアリズムへのこだわりは徹底しています。
 例えば、オリンピック村での一部始終も、かなり細部まで現実に即しています。「ブラック・セプテンバー 五輪テロの真実」というドキュメンタリー映画で観た実写映像と、瓜二つでした。
 また、例えば銃撃戦での銃撃の数まで合致させているというのだから、すごいもんです。

 そして一方で、「テロリストを人間的に描く」というのも、リアリズムであると言えるでしょう。
 テロリストは悪魔だ、殺人兵器だ、と考えるのは主観に過ぎません。
 現実には、テロリストも人間であり、親や家族を大切に思っている善良な面を持ち合わせていたりするのです。

 しかしそれも、アメリカのユダヤ人社会には受け入れられないようです。
 あくまで彼らは「パレスチナのテロリストは悪魔だ」と喧伝しなくてはならず、それを疑問視する声を排除しなくてはならない。

 そんなことはユダヤ人であるスピルバーグは百も承知なのに、この作品を上奏してしまった。
 私は、ユダヤ人社会で爪弾きにされるリスクを覚悟して、この作品を世に送り出したスピルバーグに敬意を表します。

 憎しみは憎しみしか生まない。
 報復は、更なる報復しか生まない。
 そんなことは、例えばパレスチナ問題の埒外にいる私たち日本人には自明なことなのに、当事者たちには理解しにくいものなのかもしれません。

 必要なのは、対話すること。
 お互いがお互いのことを知り、互いの立場や心情を理解することだけが、和解への道なはず。

 パレスチナ問題でも、こんなことはわかりきっているはずなのに、実際にはなかなか進展しない。

 この作品は、一向に解決への道が示されないパレスチナ問題への、スピルバーグなりの意思表明のように思えました。

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アイ・アム・デビッド
2004年 アメリカ映画
テレビ録画にて鑑賞
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 1950年代初頭、ブルガリアの強制収容所に収容されていた少年が、脱走して単身デンマークを目指すというお話。

 そもそもなぜデンマーク人の少年が、ブルガリアの強制収容所に収容されていたのでしょう。
 そこのところの説明がまったく無かったのは、ちょっと残念でした。親が政治犯として囚われたから、というのはわかるとしても、「なぜデンマーク人がブルガリアで政治犯として囚われたのか」ってところがわからないのです。

 もともと原作が児童文学とのことなので、政治や歴史についての突っ込んだ描写は無かったのでしょうが、映画にした以上は、そのへんの説明は欲しかったなと思います。

 とは言え、なかなかいい作品でした。
 収容所に育ち、残酷な体験ばかりしてきた少年が、長い旅のなかでたくさんの人に出会って、変わっていきます。
 笑い方すら知らず、人を信用することができない少年が、人を信じる生き方を知っていくのです。
 「収容所」という異常な世界で壊れかけていた少年の、再生の物語なのです。

 展開はちょっと粗くて、ご都合主義的な演出も多々あり、「ああアメリカ映画だなぁ」と感じましたが、もともと児童文学なのだから、リアリティを求めてはいけないのでしょう。
 そもそも「ブルガリアからデンマークまで少年一人で旅をする」ということ自体にリアリティは無いわけですから。

 一種のファンタジーとして観るべきなのかもしれませんね。
 そう考えれば、ブルガリアでなぜデンマーク人が収容されていたのかという政治臭プンプンのポイントは、あるいは描写を省いて正解だったのかもしれません。

 こういう、「人生は素晴らしいものだ」と伝えようとしている作品は、欠点がいくつもあったとしても、全部許せちゃえます。

テーマ:今日見た映画 - ジャンル:映画

マダガスカル
2005年 アメリカ映画
レンタルDVDにて鑑賞
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 オコチャマ向けの映画だと思っていたのであまり期待もしないまま観始めましたが、素直に笑える楽しい作品でした。
 オコチャマにはちょっとわかりにくいかなぁという描写もあり、「いったいどういう層をターゲットと考えてるんだろう」という疑問は抱きましたが。

 たまにはこういうリラックスして観られる映画もいいもんです。

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キング・コング
2005年 ニュージーランド・アメリカ合作
TOHOシネマズ南大沢にて鑑賞
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 アクション系映画にあまり関心が向かない私ですが、あまりにレビューサイト等での評価が高く、しかも監督がピーター・ジャクソンだということもあり、この作品は楽しみにしていました。

 いや~、評判どおり、物凄く楽しめる作品でした。
 3時間30分あまりの作品なので、途中ダレるかなと思っていたのですが、ずっと緊迫しっぱなし。
 恐竜に追いかけられたり、コングが恐竜と格闘したりというシーンには、文句なしに引き込まれました。

 もともとピーター・ジャクソンが、オリジナル(1933年)版の大ファンだったことでリメイクされた作品なのですが、彼のオリジナルに対する愛というか、リメイクしていて楽しくて仕方がない、という気持ちが溢れてくるような作品でした。
 私はオリジナル版を見たことないので、どちらが優れているのかはわかりません。
 隣席に座っていた10歳くらいの子が、「やっぱりオリジナルの方がイイよね」とエンドロールが終わったときにボソっとお父さんに呟いたのにはずっこけそうになりましたが・・・。

 ラストシーンで、監督ジャックが「美女がコングを殺したんだ」というような台詞がありますが、この台詞に引っかかったヒトは多いようですね。私も引っかかりました。
 原語(英語)では”It was beauty killed the beast.”って言っているんで、もしかしたらこの”Beauty”は「美女」ってだけではなくて、「美しさ」「美しい景色」のことも指しているのではないかと個人的には思っています。
 と言うのも、コングが審美眼を持っているということは、島で夕日を眺めるシーンから示唆されています。
 コングがビルに登って飛行機と格闘する前も、コングは頂上から遠くをぼーっと眺めています。
 だから、「女性や景色の美しさを感じる知能を持ってしまったがために、コングは死んでしまったんだ」という意味なのではないかと思ったのです。

 ネット上でもこのあたりのことは議論されていて、上記のような解釈は「深読みしすぎ」とバッサリやられてしまっていますが、本当にただ「深読み」でしょうか?
 そう読まないと、彼の台詞の意味はバカバカしい発言でしかないように思うのですが・・・。
ソウ
2003年 アメリカ映画
テレビ録画にて観賞
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 ロードショウ当時、コアな人気を博していた作品です。
 今回観ることで、その人気に納得しきり。すさまじく魅せる力のある作品でした。

 数年前に公開されたスリラー「CUBE」に似ているかもしれません。低予算映画でありながら、演出と脚本の妙で観客を惹きつけてやまない、いう点で酷似していると思います。
 でも私は「CUBE」よりもずっと、この作品のほうが楽しめました。

 あまりに素晴らしかったので、いろいろ調べてみたところ、監督のジェームズ・ワンと脚本・主演のリー・ワネルはオーストラリア人。しかも26歳という若さで作り上げたというからすごいもんです。

 密室に鎖で繋がれた2人の男と、1つの死体。
 まったくナンセンスなこの状況に説得力を持たせ、監禁された2人の男の精神状態を丹念に描く力は相当なものだと思います。
 脚本も練られていて感心しきり。特にラストの畳み掛けるようなどんでん返しには、参りました。

 アメリカ映画というのは、愚にもつかないハリウッド映画が幅を利かせている一方で、この手の作品も続々と出てきたりするからおもしろいもんです。
 
 ただ、例えば「ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ」の俊才ガイ・リッチーが、ハリウッドに取り込まれてしまい、それこそ愚にもつかない作品ばかりつくるようになってしまったように、ハリウッドというのは若き才能の感性を鈍らせる作用もあるように思います。

 この若き2つの俊才には、ぜひその轍を踏まないでいてほしいなと願っています。

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